統計解析機能を備えた電子カルテによる診療ナビゲーションシステムの開発

「社会システム/社会技術論」研究開発領域

2005年2月18日

JST(理事長沖村憲樹)は、統計解析機能を備えた電子カルテ#を開発しました。開発に成功したのは、社会技術研究システムミッション・プログラムI「安全性に係わる社会問題解決のための知識体系の構築」医療安全研究グループ(リーダー:永井良三(東京大学大学院医学系研究科教授・医学部附属病院長))。この電子カルテにより、これまで出来なかった日々の多数の患者の診療記録を統合して、個々の診療行為を評価することが可能となります。この電子カルテは、現在、東大病院で試験的に運用を行っています。

電子カルテによる医療情報システムが新しい診療録として急速に普及しつつあります。しかしながら従来の電子カルテは、例えば特定の患者の診療の際に過去の投薬履歴を参照する等、個々の患者の医療情報を時系列で参照することは可能であるものの、多数の患者のデータを統合して、患者の背景因子が病気の発症や経過に及ぼす影響や治療効果を評価することは不可能でした。生活習慣病などの高齢者に多い疾患において、医療行為の妥当性を評価するためには、多数の症例をグループに分けて、前向きの無作為介入試験を行う必要がありますが、その実施には多額の費用と数年に及ぶ観察期間を要します。日々の診療記録から診療行為の評価をリアルタイムに分析できないことは、医療資源の有効活用や病院システムを構築する上で大きな障害となっています。

今回開発した統計解析機能を備えた電子カルテは、循環器領域での種々の診療判断に必要となる体系的に整理された約600項目のデータから構成されています。患者の時系列の診療情報を用いて容易に解析することができます。併せて、数千例の症例をリアルタイムに分析して、生活習慣病の発症における生活習慣や遺伝素因の意義を明らかにし、個々の患者に最適の医療を提供することも可能となります。さらにネットワーク上で本システムを使用することにより、複数の医療機関による診療情報の共有、医薬品副作用情報の収集、薬物療法の評価などが容易となります。本システムは医療機関の連携や機能分担のための社会技術として発展が期待されるものです。

診療ナビゲーションシステムの概要について

診療ナビゲーションシステムは、以下に示す機能を実装した情報システムです。

(1)診療情報の電子化(診療情報データベース)

日々の診療から獲得できる膨大な情報から各種診療情報のデータベースを構築しています。このデータベースの特徴は、時間経過を念頭においたデータ格納形式を用いている点です。経時的なデータ格納により次のような利点が得られます。

  • 患者のみ療情報の時系列参照が可能であること
  • 多面的な観察研究(後向き調査)が容易に可能であること

患者の診療情報を年表のように時系列形式で表示できると、患者の診療経歴を視覚的に判断することができ、診療現場において、患者の診療経歴の把握に費やす時間を短縮することができます。また、急患の際の迅速な処置においても有効な支援ツールとなります。さらに、このようなデータ格納形式をとることで、莫大な費用および長期間の追跡を必要とする臨床研究(前向き研究)に類する結果を、常にリアルタイムに参照することが可能になります。

(2)データマイニングを始めとした診療データ解析

医学的知見を抽出する機能として、データマイニングと呼ばれる網羅的なデータ解析手法を用いると共に、データを目的に沿った形で抽出、加工して表示する解析システムを構築しました。この解析システムは、通常の統計的手法では認識しえない医学的知見をデータマイニングにより抽出すると共に、最初からある程度見当のついている知見についてデータ抽出を行い、可視的にデータ傾向を把握できる点に特徴があります。このようなデータマイニングを含む解析システムによる医学的知見の抽出手法を活用することにより、新規診断法の確立や診療ガイドラインの策定に大きく寄与することが可能となります。また、抽出された様々な医学的知見をデータベース化(診断支援知識データベース)することにより、医学知の共有化が実現されれば、より安全な医療の実現に対して大いに貢献できると考えています。

(3)診療情報のリアルタイム連携

上記で述べた診療情報データベースのデータ拡充と、診療データ解析により得られた医学的知見、新規診断法の共有化を目的として、多数の医療機関間のリアルタイム連携機能が必要と考えています。医療データを扱うという性質から、堅固なセキュリティ確保などの課題はありますが、インターネット回線などを用いて、全国の医療機関間での診療情報データの共有化は可能となっています。全国医療機関とのネットワーク連携により、膨大な診療データの蓄積とその解析により得られた医学的知見、新規診断法の全国共有化が期待できます。

今後の課題について

本システムは、現在のところ東京大学医学部付属病院内の循環器領域を対象として試験的に運用を行っていますが、今後、運用実績を重ねるとともに、全国の他の医療機関との連携を図っていきたいと考えています。当面、近隣の医療機関との間で連携についてのテストを行っていく予定です。また全国的なネットワークの構築にあたり、多くのユーザーに本システムを使用してもらうため、簡便な操作を可能とするユーザーフレンドリーなインターフェース機能の実装、個人情報の漏洩やシステムへの不当な侵入などを防止するためのセキュリティ機能の構築を行っていく予定です。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りです。

研究領域

社会技術研究システム ミッション・プログラムI「安全性に係わる社会問題の解決のための知識体系の構築」(研究統括:小宮山宏 東京大学大学院工学系研究科)

研究期間

平成13年度~平成17年度(5年間)

【図1】研究の全体像

【図2】「医療安全」に資する臨床情報を国民に還元

【図3】病ー診連携と機能分担促進による「安心な医療」ネットワークの実現】

【図4】「安全な医療」実現のための医学的知見の創出

本件問い合わせ先

永井 良三(ながいりょうぞう)
東京大学 医学部付属病院長・大学院医学系研究科 教授
〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1
TEL:03-5800-6526
FAX:03-3815-2087
林 同文(はやしどうぶん)
東京大学 医学部付属病院 助教授(22世紀医療センター・健康医科学創造講座)
〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1
TEL:03-3815-5411 (内線35646)
FAX:03-5800-9171
植田 昭彦(うえだあきひこ)
独立行政法人 科学技術振興機構 社会技術研究システム推進室
〒105-6218東京都港区愛宕2-5-1愛宕グリーンヒルズMORIタワー・18階
TEL:03-5404-2811
FAX:03-6402-7578