No.10 ゲノム疫学研究を長浜の街づくりに活用し、長浜市民の心と体の健康づくりを進める


RISTEXの研究開発領域内で活動された研究者や、RISTEXの支援している活動に参加されている研究者を突撃訪問!
論文からは見えない研究の背景や裏話はもちろん、「人」に鋭く迫ります!

明石 圭子氏(長浜市 健康福祉部健康推進課 参事)に突撃取材!

 今回は、「科学技術と人間」研究開発領域の「科学技術と社会の相互作用」から、長浜の地で行われているゲノム疫学研究を行政の中で支える明石圭子氏のご登場です。
 滋賀県長浜市は、京都大学大学院医学研究科と連携して「ゲノム疫学研究」に取り組んでいます。「ゲノム疫学研究」に協力することに同意した市民は、健診を無料で受けることができ、健診結果がフィードバックされます。一方、大学は市民から提供を受けた血液、尿、DNA、遺伝子配列情報、健診結果及び調査結果などのデータを蓄積してさまざまな医学研究を行います。
 ゲノムは「生物が生きるために必要な遺伝子セット」のことで、個体によって若干違いがあるので人間では大切な個人情報と言われていますが、普通の市民にはあまり馴染みがないものです。ゲノム疫学研究を一般社会の中で行う時に生じるさまざまな問題をどのように解決するか。明石さんは、大学と市民をつなぐ行政の立場からこのテーマに取り組んでいます。
 また、この取り組みの極めて特徴的なところは、市民によって立ち上げられたNPO法人「健康づくり0次クラブ」の存在です。0次クラブは「ゲノム疫学研究」を長浜の街づくりの一環として積極的に活用しようとしています。
 明石さん、ゲノム疫学研究を市民の側から支えるNPO法人「健康づくり0次クラブ」の辻井代表、スタッフの宮川さん、そして研究メンバーの京都大学の宮本さんを、長浜市湖北町にある「健康づくり0次クラブ」に突撃しました。

コミュニティー・ケア研究所
「健康づくり0次クラブ」事務所(長浜市湖北町)

2年間で1万人の健診を達成

――「ゲノム疫学研究」の協力者が、昨年の11月に目標としていた1万人を達成されたんですね。おめでとうございます!健診に1万人参加するというのは、とてつもない数字だと思うのですが。

明石 始めた頃は1万人なんて無理だろうと思っていました。「ゲノム疫学研究」のことを市民の側からは「0次健診」と呼んでいるのですが、当初(平成18年)、長浜市の人口は6~7万人でした。この中には0次健診の対象とならない30歳以下の人や75歳以上の方も含まれていますから、市民の4人に1人くらい受診していただかないと達成できない数字だったんです。
 ただ、少しでも多くの人に参加してもらえれば市民の健康が大きく変わるだろうな、と思ってやっていました。
 ところがそのうち状況が変わって、2回も市町村合併が行われたんです。2回目の合併は平成22年の1月に行われたばかりですが、現在、人口が12万人、大津市に次ぐ滋賀県第二位となり、当初の倍になりました。0次健診を始めた時第1回目の合併はわかっていましたが、2回目の合併は想定外でした。そういうこともあって達成できたと思っています。


研究代表者の明石圭子氏(長浜市 健康福祉部健康推進課 参事)

――1万人を達成したのはいつですか?

宮川(NPO法人「健康づくり0次クラブ」スタッフ) 平成22年の11月28日でした。本当に偶然なんですが、前日の最後の人が9999人目で、翌日の最初の人が1万人目だったんです。

明石 1万人目の人に花束贈呈しようとしていたんですが、27日に達成してしまうのか、28日になるのか最後までわからなくてヤキモキしましたね(笑)

辻井(NPO法人「健康づくり0次クラブ」代表) 平成23年の3月末までに1万人達成しようとしていたので、クリアできて良かったです。

明石 最初は低調だったんですが、途中からどんどん加速していって、最後の伸びはすごかったですね。

宮本(研究メンバー) 平成21年の8月くらいから参加者がグーっと増えたんです。

辻井 ブームになったというのはありましたね。途中で「健康フェスティバル」というイベントをやったんですが、その辺が転機になったような気がします。また、健診を受けた人が「良かった」という感想を持ってくださって、それが口コミで広がって「私も」「私も」となっていったということも大きいですね。

明石 普通は予約された方のうち一割くらい欠席されるんですが、最後の頃はほとんど出ませんでした。都合で来られなくなってしまった方も、次の予約を入れてくださって、「絶対受ける!」という感じでした。

宮川 市の広報や0次クラブの広報紙の「げんき玉」で、最後の頃には「あと○人」とか「もう日にちがありませんのでお早めに」というようなこともお伝えしていたので、心理的なものもあったのかとは思います。


NPO法人「健康づくり0次クラブ」代表の辻井さん(左)とスタッフの宮川さん(右)

――ところで、なぜ京大が長浜市と連携して「ゲノム疫学研究」を行うことにしたのでしょうか。

明石 私も詳しくは知らないのですが、京大に近い場所でいくつか候補があったようなんです。
長浜は滋賀県の北東部に位置し、京都に隣接しています。ある一定以上の人口規模がありますが、人口移動が大都市などと比べて激しくありません。ゲノム疫学研究は同じ人を何年にもわたって追跡するため、人口移動が少ない方が良いんです。
 長浜には市民病院と日赤病院という大きな病院が二つありますが、両方とも当時の院長先生が京大のご出身でした。市民病院の院長先生を通じて長浜市に話がありました。ちょうど長浜市も「健康ながはま21」という健康計画を作っているところで、他の自治体よりも前向きな反応をしたために長浜に決まったようです。

――疫学研究と0次健診はコインの裏表だと思うのですが、どこまで研究協力をされる市民は疫学研究を理解しているのでしょうか。また、行政としてはどこまで市民に伝えるかという問題があるような気もします。あまり誠実に事実を伝え過ぎると逆に不安をあおってしまうような。でも伝えないわけにはいかないので、どこで線を引くかという。

明石 内容やリスクをすべてきちんと説明するということは難しいです。ゲノムの研究をされている先生は、個人情報保護に関してものすごく厳しいんです。でも先生方の意識と一般市民の意識はものすごく違って「よくわからないけど別にいいんじゃないの?」というようにおっしゃる方も多い。参加者の0次健診に対する理解の仕方は実はまちまちです。ただ単に健診が無料で受けられるし、ちょっと世の中の役に立つことができる、という軽い気持ちの人が結構多いと思います。ゲノムを研究に提供しているという事実の重みは、現実に色々な問題が起こったときに初めて考えるようなところがありますから。
 全員に配布する「長浜0次コホート事業参加のお願い」という8ページほどのリーフレットの中でも情報が漏れた場合のリスク等についても説明はしています。研究協力される方には同意書を書いていただいていますが、全て理解するというのは実際には不可能な話だと思っています。

辻井 ただ、情報は全てオープンにしています。0次クラブからの情報発信は3年間で7回行っていますし、行政からも数回発信しています。ここにいる京大の宮本さんが効果などについて研究協力者である市民に意識調査をしてくれています。

宮本 0次健診は平成20年の11月から本格的に始まりましたが、その1年前に試験的に行った時には、全員に口頭で直接の説明を義務付けていました。ところが「そんな説明はもういいから、早く健診を受けさせてくれ」という声がたくさん聞かれるようになり、結局希望者にだけ説明をするという形になりました。明石さんが触れた「長浜0次コホート事業参加のお願い」は、健診までに必ず読んでいただくようにお願いしています。ただ調査では半分くらいの方しか読まれていないようです。


プロジェクトメンバーの宮本さん(京都大学大学院)

宮川 私も市民で参加者の一人ですが、「はぁ、なるほど」とパラパラめくって「当日の注意」のところだけしか読んでいないというのが現実です(笑)。ただ、きちんと知りたいと希望される方のために、説明会の場は設けています。

辻井 マスコミへの対応だけは少し注意しました。というのは、不安を煽る書き方もできるし、ゲノムという素材は肯定的な書き方も否定的な書き方もできるので。今の時代、個人情報が流出することが「絶対に」ありません、とは言えないと思うんです。それなら逆に情報をどんどん参加者に対してオープンにしていく方がいいと。
 逆に「良いことだ」という宣伝ばかりにもならないように心がけました。長い目でみたら良いことですが、「20年後に役に立ちます」と言われてもピンときませんよね。ただ淡々とやっていくほうがいいんじゃないかと思ってずっと活動してきました。

――確かに「ゲノム」という言葉すら身近でない私たち一般人にとって、ゲノムは究極の個人情報だ、と言われてもよくわかりません。でも、ゲノム情報が漏れることでアメリカなどでは「遺伝子差別」と言われる問題も起こっていますね。

辻井 個人が特定できる形でゲノム情報が外部に漏れた場合、保険会社などが悪用する可能性があります。がんの遺伝子がある人を抽出して、保険に加入させないようにするとか出来るわけです。もちろん、そういうことが起こらないように、長浜ではルールを定めて、個人情報保護を徹底させています。

宮本 京都大学では、お預かりした情報は入室管理のとても厳しい部屋の、インターネットにつながらないパソコンで厳重に管理をしています。そのパソコンの操作を許されている人もごくわずかに限られているんです。ですから解析がなかなか進まない、ということもあるんですが(笑)。

長浜市独自のルールを策定

――それでまず、ゲノム疫学研究に関する長浜市独自のルールを作ることになったんですね。

明石 そうですね。京大の先生が「ルールを作らなくてはならない」ということを強く提案されていたんですが、当時長浜側はなぜルールを作らなくてはならないのかということもよくわかっていませんでしたし、ゲノム疫学研究に関しては、国が定めた「3省倫理指針」というのがあるので、それに従っていればいいのかな、と簡単に考えていました。

辻井 他の地域でもゲノム疫学研究は行われていますが、市民が研究の遂行に直接参画するということはほとんどないと思います。独自のルールも恐らくないのではないでしょうか。そういう意味では、最初からルール作りの必要を強調されていた京大はすごいですよね。

――なぜ長浜独自のルールが必要だったのでしょうか。

明石 日本には文部科学省、厚生労働省、経済産業省が合同で作った「ヒトゲノム遺伝子解析に関する倫理指針」というものがあるのですが、この指針はバイオバンクを想定していないので、長浜にそのままあてはめて使うことができなかったんです。

――バイオバンク、とはなんですか?

明石 人から集めた血液や尿等の人の組織の一部や、各種の検査結果を研究試料としてさまざまな研究に使用できるように運用管理するシステムです。バイオバンクの運用管理は半永久的なので、将来行われる研究の方法や試料の用途を今の時点で網羅して研究協力者である市民に同意をいただくことは不可能なんですね。ですから、同意の取り方などに独自の工夫が必要でした。

――どのようにルール作りをされていったのでしょうか。

明石 まず、①研究協力者として試料を提供する側である市民にとっての個人情報保護のあり方とは何かということ、また、②バイオバンクの形をとるものなので、個人情報保護以外のルールをどのようにしたらいいかという二つの視点から、市民と大学と行政で構成する「ながはまルール策定委員会」を立ち上げ、議論をしながらルールを作りました。作成したルールを法律という形にした方がいいのかしない方がいいのかも含めた総合的な検討を行いました。

――それで作成されたのが「ながはま0次予防コホート事業における試料等の蓄積及び管理運用に関するルール」(ながはまルール)ですね。

明石 はい。長浜独自の特徴が二つあります。ひとつは独特のインフォームドコンセントの取り方を採用していること(長浜式インフォームドコンセント)です。さきほど申し上げたように、バイオバンクを利用して将来行われる研究の方法や試料の用途を今の時点で網羅して市民に同意してもらうことはできないので、包括的に同意をいただいていますが、このやり方では研究者が試料をどのようにでも使うことができることにもなります。それは問題であると思ったため、方法の記載のない、明確な方法が確立されていない研究に関しては、ある程度明確な方法が明らかになった時点で研究協力者全員にもう一度提示して「同意を撤回」するかどうか確認する機会を提供することにしました。
 もうひとつは二つの倫理審査体制を取り、定期的なモニタリングを行うようにしたことです。通常は大学内の倫理審査委員会で承認されれば研究をしてよいということになりますが、取り扱うのがゲノムのため長浜市の中にもう一つ関門を設け(「長浜市0次予防コホート事業審査会」)、研究協力者である市民が参加した中で、試料を使って行う研究自体についても審査を行う体制にしました。


「ながはま0次予防コホート事業における試料等の蓄積及び管理運用に関するルール」(ながはまルール)第一版

――法律にした方がいいかどうかの検討もされたということですが。

明石 指針という形ではなく、法的な位置づけのある「条例」という形にしました。国の定めた指針にないことを、一地方自治体と大学が実施するので、社会的な批判にさらされて研究が中座してしまうことを避けるためにバックボーンが欲しかったのです。

A4で59ページもの質問票

――平成20年の8月に条例が制定され、ゲノム疫学研究(=0次健診)がスタートしたんですね。健診はどのように行うのですか?

明石 一般の方が企業や自治体などで受診する健康診断の項目はもちろん、特定健診項目と京大独自の項目を加えたものです。京大独自の検査項目としては、大動脈波速度測定、呼吸機能測定、胸部X線写真(直接撮影)、歯科検診、生活習慣調査などがあります。

宮川 参加される方は事前に700項目ものものすごく膨大な問診を書かなくてはいけないんです。

――えっ、700項目ですか?

宮川 はい。A4で59ページの質問票です。

――59ページ! それを事前に書くのが参加の条件なんですか?

明石 そうです。会場に来られる前に、ご自宅で書いてくることになっています。

宮川 自分の生活習慣、食生活や病歴に関する詳細な質問はもちろん、親、祖父母、子供などの病気についても尋ねる項目がありますし、どんな家に何年住んでいるかとかも聞かれます。
 「腰痛がありますか」「咳が出ていますか」などという質問に「なし」と答えると2~3ページ飛ばしてよかったりもしますし、女性のみ回答、というページもあるので、59ページ全部記入が必要かというとそうではないんですが、やはり大変ですよ。この質問票を自分で書くにあたって、実家の母に電話して「おじいちゃん、何が原因で死んだの?」「おばあちゃんは?」といろいろ聞いたので、不審がられました(笑)
 集中してやっても一時間では終わらないです。いろいろ調べなくてはいけないこともありますし。考えながら書かなくてはならず、とても疲れる質問票なので(笑)、事前の説明のときには「何日間かに分けてご記入ください」とお願いしています。


0次クラブの活動について説明する宮川さん

辻井 私は0次クラブの代表ですから、丁寧にきちんと書いていったんです。それでも5カ所くらい間違えていた(笑)。家にいつからいつまでペットがいたか、という質問で、質問票をチェックする人に「お宅の猫は40年も生きていたんですか」と言われました(笑)。

宮川 検診当日持ってきていただいた質問票を、スタッフがその場でスキャナーでわーっと読み取るんです。それでエラーをチェックして、全部ご本人に聞き取りし直します。きちんと書いてくださる方でも数カ所、普通の方だと2~30項目くらい確認し直しがありますね。

――これを事前に記入する、というのは参加の決意は並大抵ではないですね(笑)。

宮本 質問票がご自宅に届いた時点で、これは大変だ、やめた、という方は結構いたのではないかと思います。研究協力者や市民の方に0次健診についてのインタビューをしているのですが、その中にも「質問票を書くのが大変だから参加をやめた」という方がいらっしゃいましたね。

――この膨大な質問票があることによって、いい加減な気持ちではできないという意識が研究協力者に生まれるような気がしますね。

宮川 この質問票は絶対に自分一人では完成できません。必ず家族に聞かないと書けない部分があるので、ある意味コミュニケーションの機会にもなっているのかなと(笑)。また、「最近太ってきたな」「そういえば早食いだな」とか、普段はほとんど意識しない自分の健康を、この問診を通じて振り返ってみる良い機会にもなるのかなと感じます。

「志ある人」を中心メンバーとして、NPO法人「健康づくり0次クラブ」を設立

――長浜のゲノム疫学研究で極めて特徴的と感じるのは市民が積極的に関与していることです。NPO法人「健康づくり0次クラブ」はまさにその象徴ですね。0次クラブはどのような経緯で設立されたのでしょうか。

明石 ながはまルールが完成したとき、マスコミなどでは話題になったんですが、市民にはあまり認知されず、研究協力者も増えませんでした。それで、ルールをただ整備するだけでは不十分だということに気がつきました。
 どうしたらゲノム疫学研究が地域や市民に開かれたものになるのか。それには①市民自らがゲノム疫学研究にいろいろな形で関わる、②ゲノム疫学研究が長浜で行われているということが市民の常識として認知される、③ゲノム疫学研究がコミュニティのためになるような活用の仕方をされる、というような動きがでてくることが必要だと思いました。
 0次クラブ代表の辻井さんは「ルール策定委員会」からずっと市民の代表として参加してくださっていて、長浜を良くしたいという意識も高い方です。そこでNPO法人「健康づくり0次クラブ」の前身となる組織を作っていただきました。

辻井 ゲノム疫学研究というのは大学側から見たときの柱です。大学の医学研究の提案に乗ってモルモットのように検査されるというだけでは面白くないし、長浜市民としてやるべきものがないと一万人は絶対に集まらないと思いました。じゃあ長浜市民から見たときの柱は一体なんなんだ、と。それが「人とのつながりを通して心身共に健康な人が育つ町・長浜」という理念であり、1万人の市民を動かすための「思い」です。
 0次健診を多くの人が受けることによって体の健康は推進されるだろうと思いました。でも体だけが健康であっても、心が元気でなければ仕方ありません。本当に楽しい生活を送るためには心身ともに健康でないといけませんから、この理念に「心」を加えました。
 僕はもともと健康というよりも町づくり、人づくりに関心があります。ゲノム疫学研究を活用して「心と体の健康推進」という理念で活動を続けていけば、新しい町が生まれてくると思いました。
そこで地域の活動に熱心な方たち(=「志ある人」)に一人ずつ声かけをして口説き落とし、0次クラブの活動に加わってもらいました。実行力がある人たちなので、その人たちが中心となってくれれば周りの市民も動いてくれるんです。


辻井さん(NPO法人「健康づくり0次クラブ」代表)

――「志ある人」とは、詳しく言うとどのような方なのでしょうか。

辻井 長浜は、戦国時代から続く古い町で、市民が町のためにイベントを企画するなど、市民主導型の街づくりが盛んです。「黒壁」など観光で町おこしをして観光客に喜ばれたり、ボランティアなどの活動もとても盛んなんです。「地域を良くしたい」という意識の強い方が多いんですね。そういう地域活動に熱心で、地域を良くしたいという気持ちの強い方を「志ある人」と呼んでいます。


(左)昔の街並みを活かした「黒壁スクエア」。奥に見えるのが「黒壁」旧・国立第百三十銀行。(右)旧・国立第百三十銀行の中はガラスのアートギャラリー&ショップとなっており、年間約300万人の観光客が訪れる


――サラリとおっしゃいましたが、「志ある人」を集めるのには実際にはかなりご苦労があったのではないかと思います。まず、どのようにしてそれぞれの地域の「志ある人」を見つけられたのですか?

辻井 長浜は先ほども触れた「長浜でなければできないことをやりたい」「地域を良くしたい」という意識の強い人たちが多い地域性なので、「志ある人」はどの地域にも必ずいます。市民や地域を巻き込めば、こういう活動は早く、スムーズに進むんです。まず対象とする地域を絞り、その地域の公民館に行き、地区の活動やボランティア活動に熱心な人を紹介してもらいました。明石さんの部署の若い職員(プロジェクトメンバーの三家さん)と一緒に、その人たちの家を一軒一軒回って、一時間半くらいずつ話をして、協力をお願いしました。この「志ある人」の中に友人や知人はほとんど引きずり込みませんでした。知らない人ばかりの方がやりにくいけど面白いんですよ。

――ものすごく地道で根気のいる仕事ですよね。

辻井 全部で60名くらいですが、3ヶ月ほどかかりましたね。重点的に回ったのは最初の合併で長浜市に統合された、まだ長浜と馴染みの薄い2つの地域です。
 ゲノム疫学研究は年数のものすごくかかる、息の長い事業です。ですから時間をかけずに効率的にやるとだめになるんじゃないかという思いがあって、そういう風には進めませんでした。
 長浜には人を1万人くらい集められる人材が何人かいます。ただ何が何でも1万人集めればいい、というわけではない。偏りたくないので政治や企業を入れることもしませんでした。その他の手段として何があるかと考えたときに、ボランティアに熱心な人たちをコアなメンバーとして広げていくのが早いし、活動をきちんと理解して参加してもらえるのではないかと思いました。

――どうやってみなさんを説得されたんですか?

辻井 行政の人と僕が二人で組んで回るというのが大切だったんです。企業や一般の人は行政からお願いすると引き受けてくれやすいんです。そして官公庁は民間の人間がお願いすると引き受けてくれやすいというのが過去の経験からわかっていました。だったら両方の立場から行こうと。
 きちんと意味がわかってくれたかどうかはわかりませんが、理念を熱心に語っているうち、みなさん参加してくれるようになりました。そこで、「志ある人」による「市民による、市民のための、市民説明会」を開催し、任意団体として「健康づくり0次クラブ」を設立しました。


NPO法人「健康づくり0次クラブ」の全体会。「志ある人」が集まった

――平成21年8月にはNPO法人化されましたね。

辻井 任意団体では契約などの行為ができないので、法人格として認められるNPOにして、外部資金を調達することが出来るようにし、自分達の力で組織を運営をしていこうということになりました。もちろんRISTEXの研究開発活動が終了したあとの活動も見据えてのことです。

「健康づくり0次クラブ」の活動

――0次クラブの活動としては、どのようなことを行っているのですか?

宮川 まず、0次健診の運営のお手伝いをしています。また、広報活動として隔月くらいの間隔で情報誌「げんき玉」を発行しています。制作・発行は0次クラブですが、行政から自治会におろしてもらって、無料で長浜市全戸に配布しており、現在第7号まで発行しています。
 その他、「お出かけ0次カフェ」を開催して、研究者と市民が対話できるような場を作ったり、シンポジウムや講演会も開催しています。ウェブサイトの運営(http://zeroji-club.com/)もしています。


0次クラブが発行している広報誌「げんき玉」

――今度、0次クラブ主催の健診を始められると伺いました。

辻井 「なごーする研究」という、睡眠時無呼吸症候群についての調査の実施を0次クラブが行うことになっています。今回、0次クラブに「研究委託」という形で依頼が来ており、将来的に0次クラブの収入源をこのような形で確保できるとよいと思っています。

――「なごーする研究」とはどのような研究なのですか?

辻井 京大の先生の話では、健康な人の中にも無自覚で睡眠時無呼吸症候群の疑いがある人が20%くらいいて、そのうちの6%は重症者だという説があるそうなんです。重症者が5年以内に心筋梗塞などの無呼吸と関連する病気で死亡する確率はとても高いし、うつや不眠症など心の病気とも関連します。
 ですから「なごーする研究」はまさに0次、今は病気ではないが、放置すると病気になってしまうというような、ちょっとした気づきを掘り起こすことに役に立ちます。
 0次健診の理念ともピッタリ合いますし、この健診参加者が増えることによって自殺なども減っていくといいと思います。

宮川 検査は心電図をはかる機械を身体につけ、寝る30分前には鼻にチューブを入れ、指にもセンサーをつけてそのままの状態で一晩寝るんです。一台150万円くらいするらしいです(笑)。研究協力者には0次クラブの事務所に来ていただき、研修を受けた0次クラブのスタッフが装着を手助けするんです。つけた状態でお家に帰ってもらって一晩寝て、翌朝またここに持ってきてもらいます。
 これもA4約40ページの心と体に関する質問項目がありますよ(笑)。


「なごーする研究」の機器を装着した研究協力者の方(右)と、
説明する角谷医師(京都大学医学研究科)

――長浜市はどのように関与しているのですか?

明石 ほとんどを0次クラブが行いますが、ゲノム情報と関連づけるときだけは長浜市が関与します。また、研究協力者は0次健診を受けていることが前提となります。

辻井 研究協力者1万人の中で、「0次クラブの会員」として登録している人が約3分の1、約3300人ほどいるのですが、この方たちがまずは対象となります。0次健診は無料ですが、今回は一人あたり1000円、参加費用もかかります。同じ検査を病院で受けるとしたら1万円以上かかるので、安いといえば安いのですが。
 今回は長浜市の主催ではなく、NPO団体主催ということで、信用の問題があります。個人情報の管理などに細心の配慮が必要ですし、市民に対してきちんと説明ができ、結果についても話をすることができる専門家が必要だと思っています。

他の地域で行われているゲノム疫学研究について

――ここで少し話題を変えて、他の地域で行われているゲノム疫学研究についてのお話を伺えればと思います。米・ボストンのフラミンガムはゲノム疫学研究で有名ですね。どのように運営されているんですか?

明石 フラミンガムの場合は国からお金が大学に出て、大学が健診を主催しています。コーディネーターも大学に雇用されています。国が作ったルールに基づき、市民が個人の契約のような形で参加しているようです。研究協力者が「友の会」のような組織を作っていますが、長浜の「0次クラブ」とは全然違います。

辻井 「友の会」は寄付金の受け皿なんですね。大学は国からお金を貰っているので寄付金を受けられない。それで別の団体で寄付金を受けているわけです。なので、市民団体の方が寄付金で医師に対して援助したり、設備を購入したりしている。研究室に国から入るお金が年間で10億円とか聞きました。桁が違います。正規の職員が15~16名もいますし。
 僕は0次クラブで代表を勤めていますが、給料をもらっていません。フラミンガムのように資金が潤沢にあれば貰うんですが(笑)

宮本 健診専用の施設が用意されていますし。これは日本の福岡県久山町や北海道留萌市もそうですね。


宮本さん(左)と明石さん(右)

辻井 久山町の研究所はいいですよね。当時の久山町の町長さんが国からいろいろ資金をもらってきて立派な施設を作ったそうです。なんとアメリカのNIHからも資金提供を受けている。研究者が泊まりがけで来られるように、研究所の隣にホテルもある。羨ましいですね(笑)

宮本 フラミンガムの研究は60年間も続いていて、親子3代にわたってコホート研究に協力している家族もあります。フラミンガムから引っ越して他の地域の住んでいても「そろそろ健診の時期です」という通知が事務局からいくと、戻ってきて健診を受けるんです。フラミンガムではコーディネーターが全て参加者の状況を把握していて、研究に参加していることが誇りであるというような状況です。

明石 長浜は第1回目がやっと終わったところですが、5年後、10年後に、今回の研究協力者である1万人を基礎として定期的なコホート調査やいろいろな追跡研究が行われていくことになります。フラミンガムのように参加していることが市民の誇りとなれば良いと願っています。

今後の活動や、成果のまとめについて

――長浜のゲノム疫学研究のこれからをお伺いしたいと思います。0次健診は1万人に達した時点で終了、ということになりますか?

明石 目標を達成したので一段落し、今新たに参加を希望されている方はお断りしている状況です。
 これから研究協力者には5年毎に0次健診を受けていただくので、それをどうするかを考えていかなくてはいけません。
 また、ルールブックは第一版を平成20年に作っていますが、3年ごとに見直しすると定めていますので、今年(平成23年)がまさに見直しの年なんです。

――1万人を達成して、このルールの課題とか改正しなければならない点は見えて来ましたか?

明石 京大の研究計画そのものが網羅されているわけではありませんし、当初想定していなかった問題もあります。たとえば現在のルールには産業界の関わりかたについて明記されていませんが、大学からも産業界からの資金提供が必要だという声があがっています。ルールを作成した時、企業が参画するということは全く想定していませんでした。企業も機器を提供するのであればデータが欲しいと思うこともあるかもしれません。また大学と共同研究を行いたいということもあるかもしれません。京大ではなく他の大学の方がこの試料を使って研究をするということも想定されていません。そういうことに対してどう対応するのか、ルールを再検討する必要があります。
 また、医療機関から研究協力者の受診情報をいただいて健診情報に追加していくことや、言葉の定義があいまいな部分をはっきりさせるとか、改訂しなければならない点はたくさんあります。

――0次クラブは今後どのように経済的に自立されていくおつもりですか?

辻井 将来の経済的自立はどこのNPOもそうだと思いますが悩みの種です。平成24年7月くらいまでに収入のメドをつけたいと思っています。フラミンガムのように大学の研究費が降りてきて経費が賄えるというようになれば望ましいのですが。企業と組むという案もあります。
 有給のスタッフが4名いるので、その人達の人件費はきちんと払えるようにしないといけません。

――さきほど「なごーする研究」のお話を伺いましたが、その他に計画されていることはありますか?

辻井 昨年(平成22年)5月と11月に、「健康フェスティバル in 湖北」というイベントを開催しました。予想をはるかに超える多数の方に来ていただき、出店の数も足りないくらい大成功でした。今年は去年より大きくやろうと思っています。長浜市民病院の協力で医師・看護士・検査技師さんを派遣していただいて、骨密度測定などいろいろな検査をやりましたが、今年はもっと当日できる検査の数も増やしたいですね。

――RISTEXでの研究開発期間は平成24年9月までなので、そろそろまとめの時期にかかっていますね。どのように成果をまとめられる計画ですか?

明石 長浜の町づくりにどのようにゲノム疫学研究が関与したかについて、広くプロセスを明らかにし、ほかの地域でも応用できるようなものとしたいと考えています。
 長浜の地で行われるゲノム疫学研究について、独自のルールをまず作ったこと。そしてルールを作ってみたらでてきた課題について、検討を行い改善していったこと。ルール策定から0次クラブ設立、0次健診参加者1万人達成など、これまでのプロセス全てを明らかにすることが研究成果だと思っています。
 わたしたちがやってきたことはゲノム疫学研究を通じた町づくりですが、国づくりにもつながると感じています。長浜は小さな町ですが、ここが活性化したら日本が活性化することにつながると思います。
 研究を実社会にどう応用していくかというのはとても難しい問題です。民主主義制度と合意形成してきたことをどう組み合わせていくのかというところはこれからの課題だと思っています。

――研究開発期間終了後はどのように活動を続けられるご予定ですか?

明石 行政はゲノム疫学研究に関わりつつ、ゲノム疫学研究を街づくりに行かすという意味で0次クラブの活動を中心に支援していくことになると思います。RISTEXでの研究は終わってもゲノム疫学研究は続きます。将来的に出てくるであろう、想定できないさまざまな問題については自治体と0次クラブが中心となって対処していくつもりです。
 万が一ゲノム疫学研究を続けていくことが困難になった場合は、京大が持っている個人情報や試料を破棄するということはルールに明記してあります。ただ、せっかく1万人の方にご協力いただいて、ものすごい労力をかけて集めた貴重な試料ですから、ずっと有効に活用していただきたいし、大切に使っていただいて、広く医学の発展に寄与するものであり続けてほしいと願っています。



プロフィール

明石先生2

氏 名: 明石 圭子(あかし けいこ)
経 歴: 長浜市健康福祉部健康推進課参事。滋賀県長浜市生まれ。京都府立医科大学附属看護専門学校卒業、京都府立保健婦専門学校(現:京都府立医科大学看護学科)卒業、長浜市役所就職。以後、行政保健師として成人保健(主として健診・健康教育)、母子保健、母子保健計画、健康づくり推進計画策定の各業務に携わり、現職。平成19年より滋賀県立看護専門学校講師を兼務。
血液型: B型
星 座: しし座

リラックスタイム

――RISTEXの研究開発活動は、さまざまなステークホルダーが関わることにより進められていくため、プロジェクトメンバーに行政の方が加わっていることはそれほど珍しいことではありません。けれども、行政が主体となって社会的な問題に対する研究を行うというのは大変珍しい事例ですし、研究代表者が現役の自治体の職員であるというのは、RISTEXの中でも明石さんだけです。大学の先生方が多い中、萎縮されたりしませんでしたか?

明石 最初は肩身狭かったですよ。何でこんなところに来たんだろう、自分がいていいのだろうか、とか(笑)。「領域合宿」(RISTEXでは領域内のプロジェクトメンバーが一堂に会してお互いの活動について勉強したり、交流を深める勉強会を行っています)に行っても他のプロジェクトの方のお話もよくわからないし、研究者の方ばっかりなので、居場所が見つけられなくて。研究者の人はお話が上手なので、それも実はつらかったです。
 回数を重ねるうちに、宮川さんや辻井さん、他のメンバーも一緒に来てくれるようになって仲間が増えたことが励みになりました。


平成23年1月に行われた「科学技術と人間」領域合宿の懇親会に、プロジェクトメンバーが集合して。 左から宮本さん、辻井さん、宮川さん、藤居さん(長浜市健康福祉部健康推進課地域医療室室長)、 明石さん、三家さん(当時:長浜市健康福祉部健康推進課)

――そもそもなぜRISTEXの研究提案募集に応募されたのですか?

明石 ルールづくりに関わっていらした東京大学の米本先生がRISTEXでこんな募集を行っているということを紹介してくださったんです。本音を言ってしまうと、研究というよりもお金が欲しかったんです(笑)。ルールを検討したりこの事業をきっかけに街づくりを展開するのにお金がなかったので、ダメもとでもいいから応募してみよう、と。不純な動機ですね(笑)

――私が拝見していると、明石プロジェクトのメンバーの結びつきはとても深いように思われますし、とても良い連携ができているように見えます。

明石 他のプロジェクトのことはよくわからないのですが、私自身、行政側の人間ですけれども、長浜生まれで、長浜市の住民でもあるので、住んでいる地域がよくならないと困るんですね。0次健診に参加されている研究協力者である市民の方と同じレベルだと思うんです。
 ここにいる0次クラブのメンバーたちも長浜市民なので、良くしていかないと自分達が困るという意識でやってくれていると思います。ほかのプロジェクトと違うとすればそこかなと思います。
 京大の先生方は、長浜に住んでいらっしゃるわけではないので、研究に対する思い入れしかないと思うんです。生活者ではない方には知恵をいただくというような関与の仕方になっていますが、できるだけ関心を持ってもらい、長浜に頻繁に足を運んでもらって知恵を授けてもらいたいと思っています。
 今回、RISTEXの研究開発プロジェクトメンバーには、京大の先生を敢えて入れていません。RISTEXの研究は、長浜の研究だと思っているからです。


取材を終えて

 NPO法人「健康づくり0次クラブ」の事務所は、現在放送されているNHKの大河ドラマ「江」の父、浅井長政の居城で終焉の地でもある小谷(おだに)城跡から車で10分ほどのところにあります。かつては戦場だったであろう場所で、明石さんとプロジェクトメンバーである0次クラブの辻井さん、宮川さん、京都大学の宮本さんに温かく迎えられ、和やかな雰囲気の中、お話を伺いました。
 長浜は、小谷落城後、秀吉が作った歴史のある城下町です。「黒壁」として有名な旧・第百三十銀行長浜支店は明治時代に建築され、辻井さんが子どもの頃は廃墟だったそうです。この建物を復活させ、ガラスをテーマに街づくりに結びつけ、さびれた古い街並みを年間300万人が訪れる観光スポットとしたその行動力は、まさにインタビューの中で何度か触れられた「長浜でなければできないことをやりたい」「地域を良くしたい」人たちが多い、という長浜の地域性を強く感じさせるものでした。
 翌日はちょうど開催されていた「長浜盆梅展」を拝見しました。明治20年、明治天皇行幸の宿泊場所として建てられた「慶雲館」の中に90鉢ほどの見事な梅が咲き誇り、香りを漂わせていました。この「長浜盆梅展」は平成23年に60回目を迎え、毎年約10万人の観光客で賑わうそうです。
 インタビューを終えたその夜には、NPO法人「健康づくり0次クラブ」の全体会が開催され、「志ある人」がたくさん集まり、明石さんによる北海道留萌市のゲノム疫学研究の視察報告や「なごーする研究」の紹介などが行われました。「なごーする研究」は文中の写真のように、心電図や血中酸素濃度を測るモニターをつけて一晩過ごさなくてはなりません。この健診を推進するのは本当に大変なことに思われますが、0次健診で長浜市民12万人(うち対象者はもっと少ない)の中から1万人の研究協力者を集めることが出来たこの方たちなら可能なのかもしれない、と感じました。


              昭和27年から毎年開催されている「長浜盆梅展」

関連リンク

  RISTEX「科学技術と人間」WEBサイト
  「ながはま0次予防コホート事業における試料等の蓄積及び管理運用に関するルール」
  NPO法人「健康づくり0次クラブ」のWEBサイト
 


TEXT :RISTEX広報 すもも
PHOTO:RISTEX 「科学技術と人間」領域担当 いちご、RISTEX広報 すもも