No.12 一人暮らしのお年寄りの社会的な孤立を防ぐために、地域コミュニティによる見守りと支援の新しいあり方を開発する


RISTEXの研究開発領域内で活動された研究者や、RISTEXの支援している活動に参加されている研究者を突撃訪問!
論文からは見えない研究の背景や裏話はもちろん、「人」に鋭く迫ります!

小川 晃子氏(岩手県立大学 社会福祉学部・地域連携本部 教授/副本部長)に突撃取材!

今回は「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」から、一人暮らしのお年寄りが自宅の電話機から健康状態や困っていることなどを気軽に周囲に伝えることができるシステムの普及と、それを活用したコミュニティづくりに取り組む、小川晃子先生のご登場です。
 RISTEXの「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」は、高齢社会の問題に取り組む研究開発領域で、これまで2回の提案募集を行い、9件の研究開発プロジェクトを採択(平成24年度に最後の提案募集を行う予定です)。小川先生の研究開発プロジェクト「ICTを活用した生活支援型コミュニティづくり」は研究開始から約1年半が経ち、そろそろ折り返し点にさしかかろうとしています。岩手県民もびっくりという大雪の日、岩手県滝沢村の県立大学地域連携本部に小川先生を突撃しました。

 
大雪に埋もれた岩手県立大学            プロジェクト室のある地域連携本部

「おげんき発信」を核とした新しいコミュニティ


――本日午前中、滝沢村・元村西地区の民生委員・瀬川さん宅で行われた高齢女性のサロンにお邪魔させていただきました。

小川 "カトレアは蘭の女王だから"、サロンを「カトレアの会」と名づけたんですって(笑)。元気で楽しい方たちでしょう?みなさん75歳くらいで、一人暮らしの方ばかり6名です。瀬川さんが声をかけてくださって、平成23年の12月から「おげんき発信」のモニターに加わってくださいました。まだ始めたばかりですが、みなさんほぼ毎日発信してくださっているようですね。

――「見守ってくれている。気持ちに張りがでる」とおっしゃっていた方がいましたね。

小川 システムである"ロボットさん"が自動音声で応答するのですが、「元気が出る」とか「安心する」と評価してくださる方が多いですね。フルネームを呼んでくれるのがいい、とも。高齢になると本名で呼ばれる機会は少ないですから。ましてや一人暮らしなので、「小川晃子さん、今日のおかげんはいかがですか?」と呼びかけられるのは自動音声であっても嬉しいようですね。

――今日、このサロンに同席させていただいて、この「おげんき発信」が核となって小さいながらも新しい人のつながりやコミュニティを広げているのを実感しました。

小川 メンバーの中にはこの地域に住んでまだ5年くらいの方もいらっしゃいます。盛岡市内から引っ越してきてすぐにご主人を亡くされ、一人暮らしになりました。それでもすぐにこの地区に馴染み、周囲のみなさんともつながることができています。ご本人の性格によるところも大きいですが。この元村西地区は隣家との距離感が良く、プライバシーはきちんと保たれつつも隣家の気配がきちんとわかるんです。
 彼女たちの人生はこれからとても長いです。今後十年以上一人暮らしを続けられる方が多いでしょう。こういうネットワークがどんどん広がって行くと良いと思います。


「カトレアの会」の皆さん。男性は小川PJのメンバー・坂庭氏

――今日は一面銀世界ですが、この滝沢村元村西地区は普段はどんなところですか?

小川 30年前くらいに造成された典型的な郊外スプロール型の住宅地です。車がないと外出しづらい地域で、盛岡駅まで行く路線バスが一日何便かは通っていますが、運転しない方にとって移動は不便です。車で20分くらいのところに生協の店舗がありますが、送迎バスが来るのは週3回です。今日も「ついタクシーを使ってしまう」と言うお話をされていた方がいらっしゃいましたね。
 近所づきあいは適度にあり、今日のような大雪の日にはお隣の方などが彼女たちの家の前も雪かきしてくださっているようです。

――そういえば、滝沢村の「おげんきさん」が100名に達したと伺いました。すごい広がりですね。

小川 滝沢村の社会福祉協議会(以下、社協)の福祉活動専門員、佐藤智子さんがすごく頑張ってくださっています。そして瀬川さんのような熱心な民生委員さんのお力もとても大きいんです。滝沢村には97名もの民生委員を擁する民生児童委員協議会があり、その役員の方々も理解をしてくださっています。
 「おげんき発信」は普及のプロセスにネックがあるんです。元気なお年寄りに「おげんき発信」を勧めても「まだいいよ」と言ってなかなか使ってもらえなかったりします。一度使ってもらえるとわかっていただけることが多いのですが。
 広げていくためには民生委員さんや社協さんの担当者のようにシステムの良さを深く理解して下さる方と、その方達の地道な努力が必要です。



滝沢村の民生委員の一人、瀬川さん。ご自宅をサロンとして開放

研究の概要について

――ここで、先生のご研究について少しお話しいただきたいと思います。RISTEXの「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域で採択した時点で、すでに「おげんき発信」の安否確認システムは完成していましたね。そもそもどのような形で「おげんき発信」は開発されたんですか?

小川 岩手県は実は四国全体と同じくらいの面積があります。ものすごく広いんです。過疎化と高齢化も進んでいて、いわゆる「限界集落」もたくさんあります。
 その中の一つ旧川井村(現・宮古市川井地区、平成21年1月に宮古市と合併)も東京23区全域と同じくらいの広さに約3000人しか住んでいない、村全体の高齢化がまもなく50%に達する、すなわち限界集落という状態でした。
 旧川井村は、このような地理的環境であることも影響し、実は、医療・福祉情報化の先進地域でした。川井村国保診療所の医師である木村幸博先生が、「ゆいとりネットワーク」というシステムを自分でプログラミングして作り、看護師さんやホームヘルパーさんと、在宅の患者さんの訪問記録等をLAN(ローカルエリアネットワーク)で共有する仕組みを構築していました。世の中がようやくインターネットを利用しはじめた1990年代半ばの話です。すごいでしょう?
 このシステムがきっかけとなり、岩手県立大学が開学した15年前に川井村を訪問するようになり、高齢者さん対象の調査への協力を社会福祉協議会に依頼しました。その時、社会福祉協議会の事務局長であった大洞敦子さんから、「先生、川井弁(言葉)がわからないでしょう」といってくださって、ヘルバーさんに同行して訪問できるようにご配慮をいただきました。ヘルパーさんの見習いさんのような形で高齢者さんの家を一軒一軒訪問し、窓ふきとか掃除をしながら生活についてお話をきかせていただきました。遠慮感がとても強いことや、緊急通報システムの課題などに気付くことができたのは、この時の調査によるものです。その後、私の在籍している岩手県立大学と川井村の社会福祉協議会がチームを組んで、一人暮らしのお年寄り向けに、平成15年12月から電話の「Lモード」を活用した安否確認システムの導入を始め、「おげんき発信」の最初の形を作ったんです。 そういう意味では旧川井村は私の岩手における実践研究の原点ですね。
 

――旧川井村の門馬地区には一年ほど前、研究が始まって間もない冬に、サイトビジットに伺いました。一人暮らしで83歳になる黒澤キミさんがちょうど外で雪かきをなさっているところでしたね。

小川 門馬地区は盛岡市に比較的近いところにありますが、一軒一軒の距離も離れており、若い世代はほとんどいません。地区内に店はなく、買い物は週に2回移動販売車が来るだけです。村役場があった中心部まで直線距離で20Km以上ありますので、病院の送迎バスに乗って中心部に行き、診察ついでに用事を済ませるという生活です。社協も村の中心部にあったので、門馬地区に行くとなると車で小一時間かかるわけです。それで一人暮らしのお年寄りの安否確認のニーズが高かったんです。



おげんき発信を説明する黒澤キミさん

 「Lモード電話機」による安否確認システムは効果があり、利用者評価も高かったのですが、NTTがLモードのサービス廃止を決めたために、システムの変更を余儀なくされ、ICTを活用した安否見守りシステムの開発を行うことになりました。これは、平成21年度から岩手県社会福祉協議会の事業として普及できる体制が整いました。この事業では、これまでのシステムを基盤に、地域の助け合いの機能をゆるやかに組織化して組み込めないかと考え、それぞれの地域の特性に合わせて民生委員さんや民間の事業者さんなどにお願いして「みまもりさん」という役割を新たに作りました。社会福祉協議会がしっかりした見守りを定期的に行い、地域の人たちがゆるやかな見守りで社協の目の届かない部分を補完するという仕組みです。

――「おげんき発信」は見守られる一人暮らしのお年寄りと、見守る側の近所の方や民生委員さん、そしてシステムを運営する社会福祉協議会との連携がとても良いように見えます。

小川 県民性もあるのか、岩手県のお年寄りは遠慮がちな方が多いんです。私が一番問題だと思っているのは、困っていることがあっても、周囲に支援を頼まず、社会的に孤立してしまう方が多いことです。社会的な孤立が増えれば、「孤立死」も増えますし。
 ただ、見守りが過剰になり、「監視」に近くなってしまうのはダメです。「おげんき発信」は、見守られるお年寄りの側が電話を発信するので、「監視」のようなイメージはありませんが、社協の見守りセンターは発信の状況をきちんとチェックし、発信のない「おげんきさん」がいれば、担当の「みまもりさん」に連絡して安否確認をしてもらうなどのアクションを取り、結果は見守りセンターにフィードバックしています。みまもりの仕組みをつくる際には、この確実性と役割分担ががとても大切なことです。

――RISTEXでの研究開発はこの「おげんき発信」をさらに発展させ、「おげんきさん」の生活支援に対応できるコミュニティを作るということが目的ですね。

小川 「おげんき発信」の機能に、「話したい」というボタンがあるんです。普通の電話で、自動音声に従って「元気」なら1番、「少し元気」なら2番、「(具合が)悪い」なら3番を押すんですが、4番が「話したい」で、これを押すと見守りセンターに転送されるシステムになっています。ただ、遠慮がちな県民性もあって、4番ボタンはあまり使われていません。
 RISTEXでの研究開発では、この4番ボタンの機能を拡大し、ただ単に見守りセンターと話ができるだけではなく、困っていることを支援する仕組みをコミュニティごとに作ることを目指しています。昨年度システムを改善し、5番ボタンを新たに作り、「話したい」とは別に生活支援の要請ができるようにもしました。
 今後、一人暮らしの後期高齢者はどんどん増えますから、困っている人に必要な支援が届くよう、365日・24時間対応のシステムを作り、社会的な孤立を防ぐことが目的です。



盛岡市桜城地区(都心型)の「おげんきさん」モニター、吉田セツ子さん。
エレベーターのない市営住宅の4階で一人暮らし。
「ロボットさんがフルネームを呼んでくれると、シャキッとした気持ちになり、嬉しい」

――生活支援というのは具体的にはどのような内容ですか?

小川 どの地域にも共通する支援としては雪かきや買い物支援、生活相談などがありますね。
 また、地域によって異なる支援もあると思います。現在、岩手県内の性格の違う4つの地域で実証実験を行っていますが、「都心型」の盛岡市桜城地区は盛岡駅から近く便利な場所にありますので、買い物や移動などはさほど困らないと思うんですね。一方、「過疎・高齢化進展地域」の旧川井村では買い物や移動の支援要請は強いかもしれません。また今日訪問した「郊外スプロール型」の滝沢村でも、盛岡中心部の県立中央病院に行こうとすると、路線バスで1日がかりということもあります。

――生活支援の窓口(サブセンター)は誰になるのでしょうか。

小川 社協の見守りセンター機能だけでは、きめ細かな生活支援型のコミュニティづくりには限界があります。まずは、24時間365日の対応窓口を、青森県社会福祉協議会の協力を得て、設置しています。また、コミュニティの特性によって、多様なサブセンターを設けることを考え、実証実験をしています。例えば実験地域の一つ、「ニュータウン型」の盛岡市松園地区は、介護事業を行っている社会福祉法人の「育心会」さんにお願いしています。育心会さんが受託している配食サービスや緊急通報システムなどの支援策と連携できるよう、サブセンターの1つの見本としての形が出来ています。裏話になりますが、震災で自宅全壊となり、内定していた就職先を辞退した私のゼミ生がたまたま「育心会」に就職することになり、今、この地域の見守りセンター担当者です。
 今日訪問した滝沢村元村西地区は民生委員さんがとても熱心に動いて下さる地域です。実は岩手県立大学も滝沢村にあるのですが、大学のあるところは川前地区といい、元村西地区とは離れています。大学の近辺は学生ボランティアセンターが震災前から自転車での見守り(チャリパト隊)や雪かきなど、様々な活動を行っていたので、この機能と一体化して学内にサブセンターを設置しています。
 また、旧川井村は高齢化・過疎化しており、サブセンター設置も困難だろうと思っていたのですが、門馬地区の松草駅の前で旅館や米屋を営んで来られた民生委員の方が引き受けて下さいました。旅館はすでに廃業しているのですが、もともとご自分が盛岡まで出かける際などに近所の方の買い物やちょっとした用事をボランティアでやっていらっしゃったんですね。そうした縁で、今回はサブセンターを引き受けてくださいました。

緊急通報システムとの一体型の開発

――「おげんき発信」の素晴らしいところは、特別な機器を導入するわけではなく、一般家庭にある電話機でできることですね。

小川 そうですね。電話代は発信するお年寄りの負担になりますが、毎日かけてもその日の体調を発信するだけなら一月に300円程度で済みます。
 「おげんきさん」の方から毎日発信する、というのが大切なんです。毎日発信するとなれば、使いやすいところに置くじゃないですか。何かあったときにもすぐ手が届きます。
 一般的な「緊急通報システム」は緊急の時だけしか使わない、つまり元気な時は全く利用しないので、緊急ボタンの押し方を忘れてしまったり、乾電池が切れていたり、端末の存在そのものをわすれていることもあります。「いざ」という時に使えないんです。


――確かに、「緊急の時だけ使う」というのはハードルが高いですね。あること自体忘れてしまうし、覚えていたとしても、普段使っていないと押すのに勇気がいる。

小川 実は年末にちょっとした事件があったんですよ。旧川井村門馬地区の「おげんきさん」の一人が「(具合が)悪い」ボタンを押したまま通信が途絶えてしまったんです。心配した社協の人が「みまもりさん」に駆けつけを依頼し、みまもりさんが駆けつけてみたら、受話器を握りしめたまま低血糖で倒れていたそうです。川井地区にある社協をすぐに飛びだしても「おげんきさん」のお宅まで小一時間、それでもみまもりさんが通報した救急車より速く到着したそうです。この方は運よく一命を取り留めることができました。
 こういう時は「おげんき発信」ではなく119番に電話するよう依頼しているのですが、やはり毎日連絡している「おげんき発信」がまず頭に浮かぶんでしょうね。みまもりセンターは1日に1回発信を点検するので、「悪い」発信に即座に気付く仕組みにはなっていないのです。このエピソードの方も、気づくのが遅ければ亡くなっていた可能性もあります。「悪い」発信への即時の対応が、今後の課題でもありますね。

――「緊急通報システム」との関連では、青森県社協と連携して「緊急通報システムとおげんき発信の一体型」システムも開発されましたね。

小川 はい。平成20年・21年度の取り組みは岩手県社会福祉協議会とともに、青森県社会福祉協議会とも連携をして取り組んでいました。青森県社会福祉協議会では、この20年間、「福祉安心電話」という名前で緊急通報システムを運営していました。緊急通報システムは、先ほど話したように様々な課題がある道具ですが、「おげんき発信」と一体化することで、端末の存在を毎日忘れないようにできるのではないかと考えました。たまたま、何の役割も持たせていない「空きボタン」が緊急通報の端末にあったんです。この空きボタンにワンプッシュの「おげんき発信」の機能が入れられるじゃないか、と気づいて。
 もともと緊急通報システムは電話で、緊急ボタンを押すと、対応を引きうけている事業者さんのところに自動発信される仕組みです。そこでこの空きボタンを押すと「おげんきさん」が住んでいるそれぞれの地区の見守りセンターにつながるように改造しました。



一体型の緊急通報システム

――今、岩手県の野田村で実際に使用されているんですね。

小川 震災支援で青森県社会福祉協議会が岩手県の野田村に支援に入ったんです。その時にこの一体型の緊急通報システムを持ち込み、今も青森県社協が野田村の「おげんきさん」をずっと見守ってくれています。
 

――このプロジェクトでは、滝沢村で緊急通報とおげんき発信一体型を使用されているんですね。

小川 地域連携棟の隣に、滝沢村IPUイノベーションセンターという企業誘致施設があります。そこに、今年度、アイネット㈱という企業が入居してきました。ここは、緊急通報システムの福島県におけるシェアが非常に高く、滝沢村の緊急通報システムを受託したことから県外進出してきた企業です。私は地域連携副本部の仕事も兼務しているので、アイネットが入居する時に、計画的避難地域である飯館村の緊急通報の利用者に、避難の際に持ち出せる緊急通報システムとして携帯電話を配布するという話を聞きました。「それならば、おげんき発信も一体化したほうが、携帯電話を毎日発信し携帯する習慣ができるのでは」と提案し、アイネットとともに飯館村役場に足を運んでお話をし、大学の復興研究として受け入れていただきました。導入後2カ月たった昨年の7月に23人の利用者に電話調査したところ、ほとんどの方が「おげんき発信があってよかった」と評価されていました。
  これで効果があることがわかったので、RISTEXの研究開発の中でも一体型を試してみようということになり、現在滝沢村で23名のモニターの方にご協力をいただいて実証実験を始めています。

――一体型の使用者としてはどのような方を想定されているのですか?

小川 緊急通報システムを設置されている方の中には、一人暮らしの限界が近づいていると感じさせられるような方もいらっしゃいます。認知レベルが低下するなど、固定電話からのおげんき発信が難しい方も含まれています。
 ある民生委員さんが「おげんき発信」を勧めたら断られたんです。ところが近所の方が、その方は認知症で、数字がよくわからないために電話がかけられないんじゃないか、それで「おげんき発信」も断ったのではないかと言うんです。電話かけができないなんて人に絶対言いたくないですよね。でも事情がわかってみたら、119番や110番にも電話がかけられないという、実は大変危険な状態で生活しているわけです。
 その他にも今回のモニターの中に「承諾のハガキを自著したのだろうか」と思われる方が何名かいて、調べてみるとヘルパーさんや後見人が代理で書いていたということもありました。

――そのような方でも一人暮らしをしているんですね。一体型を使えば、毎日「おげんき発信」ができるのでしょうか?

小川 最初は大変なんです。発信がなければ社協から電話をかけて「緑のボタンを押してくださいね」というお話を何度もします。ところが何日か経ってヤマを越えると、習慣になって乗り越えられるんです。
 青森県社協はこの緊急通報システムの新しい端末を一体型にして、平成24年度から事業化する予定にしています。

人感センサーを使った見守りシステムの開発

――一体型の他に、「生活行動感知センサー」(以下、人感センサー)による見守りシステムの開発も並行して行われていますね。

小川 毎日95%くらいの「おげんきさん」がきちんと発信をして下さいますが、あまり発信して来ない方は常習犯で(笑)、だいたい決まっています。社協でチェックをして、心配な場合は担当の「みまもりさん」に確認してもらいますが、旧川井村では家と家が離れているので、訪問するだけでも半日仕事になってしまったりします。そこで人感センサーというニーズが出て来ました。
 現在は試作機を数人のご自宅でモニターとして使用していただいており、不具合等をチェックしています。
 見張りのためにセンサーをむやみに使うことは良くないですが、認知症で一人暮らしをされているお年寄りの場合は、生活のリスクを減らすためにやむを得ないですね。高齢者の心身の状況に応じて、おげんき発信や緊急通報との使い分けをしていくことが重要なことです。

――開発で苦労されていることはありますか?

小川 まず費用が意外に高いことです。センサー自体は高性能なものを使わなければ安いものもありますが、情報を安く外部に飛ばせる通信システムがないんです。
 また、集合住宅なら出口は一か所なのでわかりやすいのですが、一軒家では玄関から必ず外に出るとは限りませんよね。在宅しているのにセンサーが反応しないのか、窓などから外に出て不在なためにセンサーが反応しないのかの判別が難しいですね。先日あるモニターさんの反応がなくなり、心配してお宅に伺ったら、急な用事で数日間お留守だったということがわかりました。お元気だったので良かったですが。
 黒澤キミさんは、現在、健康上はセンサーをつける必要はありませんが、モニターになっていただいています。黒澤さんのお宅は部屋数がものすごく多いのですが、生活に使っている部屋は限定されています。センサーをどこに、いくつつけたら良いのかなども検討課題です。


――黒澤キミさんのお宅は玄関を入るとすぐに薪ストーブの囲炉裏があって、そこに近所のお年寄りが毎日自然に集まって「お茶っこ」(お茶会)をしていらっしゃるということでしたね。

小川 この前のサイトビジットから1年ちょっとしか経っていないんですが、「お茶っこ」に来る人たちが弱ってきて、一人、また一人と減って行き、以前のように集まりが出来ていないようです。黒澤さんご自身はお元気ですが、とても淋しそうです。こうして限界集落ではコミュニティのつながりがだんだん弱くなっていくので、一人暮らしのお年寄りは社会的に孤立してしまうんです。

震災の影響について

――研究開発が始まったのが平成22年の10月、震災が起きたのはその半年後でした。「おげんきさん」や「おげんき発信」システムへの影響はどのようなものがありましたか?

小川 RISTEXの研究開発のフィールドである4地区(旧川井村、盛岡市桜城地区、盛岡市松園地区、滝沢村)は内陸にあるので、震災による直接的な被害はさほど大きくありませんでした。ただ停電と、電話の不通は生じました。一番ひどかったのが旧川井村で、電話が1カ月間通じませんでした。

――えっ、一ヶ月ですか?

小川 はい。でも「おげんき発信」をやっていたおかげで「誰が、どこで、どんな状況で暮らしている」という情報を見守りセンターである社協も近所のみまもりさんも把握できていました。それで電話が使えなくても、近所の方たちがお互いに助け合う形で安否確認を続け、一ヶ月の間きちんと見守りが続けられていました。

――沿岸部ではどうだったのでしょうか。

小川 震災前から陸前高田・大船渡・釜石などで「おげんき発信」は利用されていたのですが、震災によって沿岸部の社協は壊滅的被害を受けました。この地域に住む「おげんきさん」が発信をしても、受け手がいないという状況になってしまったんです。見守りは当然できないし、管理するパソコンすらないという状況がまだ一部の地域では続いています。
 また今回、私が一番無念だったのは、大勢の民生委員さんが亡くなられたことです。津波のとき、住民の安否確認や避難誘導を熱心にされていたために、犠牲になられた方も多いのではないかと思っています。民生児童委員協議会という組織そのものも壊滅的な打撃を受け、活動に支障が生じています。地域福祉のネットワークがほぼない状態が続いているところもあります。

――震災後、沿岸部だけでなく内陸の方も含めて、震災後「おげんき発信」の利用の仕方が変わったというようなことはありましたか?

小川 震災直後、民生委員さんたちは住民の方の安否確認をされたのですが、その影響で「おげんき発信」への意識も変わってきたように思います。これまでは「仕事が増えてやっかいだな」という認識の方もいたと思うんですが、「おげんき発信」を使うことでむしろ自分たちの安否確認の仕事が楽になると気づかれた方もいたようです。
 また震災と直接は関係ありませんが、最近滝沢村などで孤立死が増えています。自分の身近なところで孤立死が起き、死後3日経って発見されたりすると、「あの人が『おげんき発信』をやっていたら、もう少し早く見つけられたね。もっと早かったら助かっていたかもしれないね」という話になり、利用者が徐々に増えているという傾向があります。

――震災を経て、「おげんき発信」の持つ新たな価値に気づかれたということはありましたか?

小川 先ほど緊急通報システムとの一体型のところで少し触れましたが、今、認知症の方の数が増えていますが、施設入所まで長期間の待機があります。
 そのようなお年寄りに対して何らかの形で安否確認や近隣がちょっとしたことを支援出来るようなシステムが必要です。これは一人暮らしの限界を長くするための仕組みづくりでもあります。地域の声かけや徘徊の見守りももちろんですが、自分の生活空間の中でのリスクを低くすることはとても重要だと思います。「おげんき発信」と人感センサーを組み合わせて使うこともリスクを少なくすることにつながります。
 被災地である岩手県では長期的・慢性的に社会資源が不足しています。高齢者や障害者にちょっとした異変や困難が生じた時に、社会資源が乏しいためにより重篤な問題につながる危険性が大きくなっています。低コストで確実な安否確認ができる「おげんき発信」と、それを道具としてコミュニティづくりをすること、震災を経て、その価値についての思いはますます強くなりました。

研究開発を始めてちょうど一年半、折り返し点に立って

――研究開始が平成22年の10月、研究終了が3年後の平成25年9月ということで、ちょうど今(平成24年2月)一年半ほどが経過し、折り返し点に差しかかりましたね。

小川 早いですよね~。アッと言う間でした。「おげんき発信」の仕組みそのものは研究開始の時点からできていたので、RISTEXではとにかく「生活支援型のコミュニティづくり」を実現させなければいけません。そして持続可能な取り組みにしたいので、高性能の機器を開発して広めるだけでは上手く行きません。社協や地域の住民の方たちのボランタリーな気持ちを大切にしつつ、「長く続けて行くことが可能な」コミュニティづくりを実現したいです。

――RISTEXの社会技術研究開発事業は、研究者がさまざまなステークホルダーの方と関わり、協働して成果を作り上げていくところが特徴的です。小川先生も研究開始の時点から、自治体や社協の方、民生委員さん、企業の方などいろいろな協力者の方たちと関係をつなげていらっしゃいますね。

小川 まだまだ努力が足りないと思っているんですが、みなさんに支援していただいて、つながってくるものがありますね。例えば今日午前中にご一緒した滝沢村社協の佐藤さんとはお互いにとても信頼し合っています。男性どうしによくあるノミ(飲み)ニュケーションをしているわけでもないですが、同じ目的を見ているのでつながりますね。
 そして佐藤さんが信頼されている民生委員の役員の方々や瀬川さん等につながり、と、関係が良い形で広がっているのかな、と思います。滝沢村とは今年一年、同じテーブルで議論し、情報がすごく共有出来るようになりました。そのおかげでこれまでコミュニティの中でバラバラに行われて来たサービスが有機的につながり始めています。



滝沢村社協の佐藤智子さん

 企業とのお付き合いということでは、先ほども触れましたが「緊急通報システムとの一体型」の展開で連携しているアイネットさんと協働を始めました。
 またRISTEXの研究開発とは関係ないのですが、ヤマト運輸さんが震災後、大槌町で仮設住宅のお年寄り等の買い物代行を引き受けながら同時に見守りを行っている「まごころ宅急便」というプロジェクトがあります。これを立ち上げ、町役場に提案したヤマト運輸の松本まゆみさん(岩手主管支店 営業企画課課長)とは「おげんき発信」を利用した生活支援ということについて以前から意気投合しており、プロジェクトにも協力していただいていました。



プロジェクトメンバーとの定例会議の様子

 行政や県社会福祉協議会は震災対応で余力がない状態が、残念ながら続いています。ただ、大学が復興支援をしていることなどは理解してくださっていますので、感謝しています。状況が落ち着いたらもっと連携を強化していきたいと思っています。

――RISTEXでの研究開発はあと1年半で終了しますが、終了後にこの取り組みをどのように続けていきたいと考えていらっしゃいますか?

小川 プロジェクトの中に持続可能性を探るグループがあり、ずっと検討を重ねています。グループリーダーの細田先生は県庁から大学に来られた方です。県庁・県社協、市町村社協、見守りサブセンターの方たちなどに参加していただき、定期的に会議をもち、持続可能性を検討するようにしています。
 また、県社協の事業である「いわて"おげんき"みまもりシステム」の持続も重要な課題です。お隣の青森県社協は休日・夜間の見守りセンターを持っていて、滝沢村などのRISTEXのプロジェクトのモニターから休日や夜間に発信がある時は青森県社協のセンターにつながるのですが、岩手県の他の地域で使われている「おげんき発信」はまだ夜間・休日の対応はありません。お互いの社協の良さを活かしながら、連携していくことができればよいのですが。
 それぞれの自治体の社協の方や民生委員さんも理解を深めてくださっていますし、学内の人材も育っていますので、何とか続けて行けるのではないかと思っています。特に民生委員さんのお力は大きいですね。

――やはり活動の核は民生委員さんですか。

小川 民生委員さんですね。隣人同士の見守りももちろん大切ですが、責任性を追求することは難しいですから。また旧川井村のようにみんなが年を取ってしまうと、お茶っこはできてもいざというときに支援に動けないですよね。近隣などのインフォーマルな力と、民生委員さんや社協などのフォーマルな力を関係づけていくことが、とても重要なことです。その関係はこれからもずっと醸成していかなければならないですね。

民生委員さんというのはどうやってなるんですか?

小川 実は今、全国的に民生委員の引き受け手がどんどん減ってしまい、問題となっているんです。
 このプロジェクトを始めた頃、ちょうど民生委員さんの改選の時期だったんですが、旧川井村や滝沢村でもこれまでなかったことですが、引き受け手がなかなかみつからない地区というのがありました。
 民生委員さんの責任は重いですし、活動を熱心に行えば行うほど持ち出しも増えます。一人で活動するのが危険な場面もないとはいえません。さきほども少し触れましたが、津波の時に亡くなった民生委員さんがかなりいらっしゃいました。「地域の見守り」という役割を与えてしまったがために亡くなったという方もいたと思うんです。このプロジェクトのなかで解決を図ることはできないのですが、高齢社会をデザインするにあたっては民生委員さんに対する支援や評価の見直しが必要だと感じています。

――話を変えて、研究開発中の失敗談や面白いエピソードはありますか?

小川 RISTEXに提案書を出した時、他のプロジェクトは研究期間をフルに「3年」としていたのに、うちのプロジェクトだけ「2年半」にしたんですよね(RISTEX注:被災地のプロジェクトであり、震災で進行に遅れが生じたため、半年延長し、25年9月までとなった)。「おげんき発信」のシステムが既に出来上がっていたから2年半で十分だと思ったのですが、今思えば浅はかでした(笑)。
 震災がなくても雪害がなくても、プロジェクトの取り組みを地域に浸透させるということは、それなりの時間がかかります。民生委員さんたちが理解してくれて、自分たちで動き出すようになるためには、熟成期間が必要なんです。



県立大学の小川PJ室で。左から小川先生、学部生の四戸岸さん、
滝沢村社協の佐藤さん、院生の青澤さん、プロジェクトメンバーの坂庭さん、スタッフの夏目さん

――RISTEXの研究開発が終了してからやってみたいことはありますか?

小川 この大学に来て14年、定年まであと8年です。夢というより、やらなければならないことになるのかもしれませんが、今までの研究成果をきちんとまとめておかなければならないとは思っています。
 「高齢者の見守り」という言葉は多様に用いられており、混乱しています。「見守り」に対する国の復興予算もつき始めていますが、沿岸で提案されている仕組みのなかには、確実性が乏しい、怪し気なものもあります。先進技術を使った異変把握のための情報システムも、いざ異変が起きた時に助けにいく近隣の仕組みとつながっていなければタダの箱です。見守りについて、これまでの実践研究で得た知見をまとめておきたいと思っています。
 また、大げさかもしれませんが、震災によって人生観が変わったところがあります。復興には長い時間がかかりますが、被災地である岩手にいますから、ここでできる問題解決型の実践研究をやっていきたいですね。また、それができる人材を育てたいです。
 その次は・・・今二周目の人生なので、三周目の人生として、全く別のことを見つけようと思います(笑)。



プロフィール

小川

氏 名: 小川 晃子(おがわ あきこ)
経 歴: 東京のシンクタンクで研究員業務に就きながら1994年日本社会事業大学社会福祉学研究科修士課程修了。1998年に開学した岩手県立大学社会福祉学部の講師に転職。2006年博士(心理学)取得。2007年Lモードを活用した安否確認システムで日経地域情報化大賞の日本経済新聞社賞を受賞(共同)。2008年教授、2010年地域連携本部副本部長(兼務)。主著「高齢者へのICT支援学」川島書店(2006年)。
専門: 福祉情報・地域福祉
血液型: A型
星 座: てんびん座

リラックスタイム

――先生は民間のシンクタンクで研究員をずっとなさっていらっしゃったんですよね。大学の教員に転身されたのは何故ですか?

小川 不純な動機なんですよ(笑)。36歳の時に修士課程に入ったのですが、研究者になりたかったわけではありませんでした。90年代に「老人保健福祉計画」を全国3300の自治体で作らなくてはならなくなり、コンサル業はひっぱりだこでした。福祉の専門性がないのにコンサルをするのが負い目だったので、仕事と両立できる日本社会事業大学社会福祉学研究科に入りました。シンクタンクの部下がみんな院卒で、自分が学卒だったのが苦しかったというのもあります(笑)。
 大学院卒業後、シンクタンクの仕事を続けながら共立女子短大で非常勤講師も引き受けていた頃、岩手県での仕事もしていました。岩手県立大学の設立準備が進んでいたころ、初代の学長が西澤潤一先生(元東北大学総長、光ファイバーを作った方)ということもあり、福祉の情報化分野の教員枠がありました。
 岩手の知り合いに相談したら「ひと冬越してから考えた方がいいですよ」と言われたのですが、もともと無謀なところがあるものですから、ひと冬越さないうちに決めちゃったんです(笑)


――寒過ぎて後悔されませんでしたか(笑)?

小川 実は、企業の中で仕事をすることの限界を感じていた時期でもあったんです。「金の切れ目が縁の切れ目」というか、地域の情報化をどのように進めようかということで一生懸命コンサルをしても、補助金・助成金の期間が終わればそれでおしまいというシステムが結構ありました。コンサルはそういう仕事だと頭の中で納得しながらも、忸怩たるものがありました。地に足をつけた地域での実践研究をしたい、そう思い転職してしまいました。今から14年前です。ちょっと早いですが、二周目の人生を始めようと思って。

――気分転換や息抜きはどのようにしてされていらっしゃいますか?

小川 温泉に行くことですね。岩手の内陸部はすばらしい温泉がたくさんあるんです。秘湯もありますよ(笑)。私の車にはいつも入浴道具を積んでいるんです。

――研究を行う上でのモットーや座右の銘はありますか?

小川 難しいですが、一つ挙げるとすれば「素心知困」です。これは、初代学長の西澤潤一先生の言葉です。
 「素心」とは、すべての虚飾を取り除いた自分本来の心のことで、その素心に沿って人々の幸せをかなえる力を得るためには、謙虚に学ぶ姿勢が大切である、と「知困」は説いています。良い言葉ですよね。大学の石碑にも刻まれています。

――この記事を読まれている若手研究者の方へのメッセージをお願いします。

小川 目の前にある現実の中から問題を発見して、それを解決する研究をしてほしい、と思いますね。社会科学系というのは、やはり社会があっての研究ですよね。ですから、社会で起きていること、フィールドで起きていることの中から問題を汲み取っていってほしい。もちろん理論研究も大切ですが。
 被災県の公立大学の若い研究者の方々には、復興に役立つ研究をしてほしいな、という気持ちもあります。


取材を終えて

 小川先生のプロジェクトを盛岡に訪問するのは、実は今回で二回目です。
 約一年前、一昨年の12月に行われたサイトビジットにも同行し、「おげんきさん」モニターである黒澤キミさん(旧川井村門馬地区在住)と吉田セツ子さん(盛岡市桜城地区在住)はその時にお宅を訪問、いろいろなお話を伺いました。プロジェクトが採択されてまだ半年にもならず、協力体制や組織づくりに小川先生が奔走されていた時期でした。
 そして今回。栃木県あたりから降り出した雪は進む毎に激しさを増し、吹雪の風景が延々と続くにもかかわらず、新幹線は定刻に盛岡に到着。さすがだな~と思いながら降りようとすると、自動ドアが開きません。ホームにいたアテンダントさんが走ってきて外側からドアを開けてくれました。あまりの寒さに凍りついていたようです。小川先生にお話したところ、「足で蹴ってください、とアナウンスされることもある」とのお話でした。
 今回は午前中、滝沢村の民生委員の瀬川さん宅で開かれた「カトレアの会」に参加させていただき、午後、岩手県立大学・地域連携本部でお話を伺いました。プロジェクトが立ち上がったばかりの一年前は、地域とのつながりもきちんと見えていませんでしたが、今年は滝沢村のおげんきさんモニターが100名を超え、小さいながらも「おげんき発信」を核とした小さなコミュニティが生まれ、持続的な取り組みにするためにサブセンターや24時間365日のセンターが出来たことなど、大震災の被災地として大変な状況にありながらもプロジェクトが熟成し、着実に歩みを進めていることを感じる訪問となりました。
 「緊急通報システムとおげんき発信の一体型」は、お話を伺うまで誰がどのように使うのか、具体的なイメージが持てませんでした。認知症が始まってもすぐに施設に入ることができない。数字がわかりにくくなっているのを実感していても、他人に言うことはできない。そういう方が今の日本で、たくさん一人暮らしをしているという現実。
 先日、RISTEXでは  認知症に関する公開ワークショップを開催しました。一人暮らしの認知症の方がたくさんいるという事実は、頭ではわかったつもりになっていましたが、その人たちの「暮らし」をどう守るか、そして「コミュニティ」とどうつないでいくかは今後の大きな課題です。小川先生の取り組みの一年半後の成果に注目していきたいと思います。

 ※「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究開発領域が平成24年2月22日 第一回シンポジウムを開催します。小川先生もパネリストとして登壇されます。  詳細はこちら

関連リンク

  岩手県立大学
  岩手県立大学 社会福祉学科



TEXT :RISTEX広報 すもも
PHOTO:RISTEX 「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域担当 あんず(小川先生)、
広報 すもも(サイトビジット他)
※「緊急通報システムとの一体型おげんき発信」の写真は、小川先生からご提供いただきました。