No.13 高齢化・過疎化の進む中山間地域で、お年寄りが「楽に」「楽しく」長く続けられる農業のあり方を開発する


RISTEXの研究開発領域内で活動された研究者や、RISTEXの支援している活動に参加されている研究者を突撃訪問!
論文からは見えない研究の背景や裏話はもちろん、「人」に鋭く迫ります!

寺岡 伸悟氏(奈良女子大学 文学部人文社会学科 准教授)に突撃取材!

 今回は「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」から、寺岡伸悟先生のご登場です。
 RISTEXの「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」は、高齢社会の問題に取り組む研究開発領域で、3回の提案募集を行い、14件の研究開発プロジェクトを採択しています。寺岡先生の「高齢者の営農を支える『らくらく農法』の開発」は研究開始から約2年が過ぎ、平成26年9月末の研究終了に向けてラストスパートに入ろうとしています。平成25年7月、奈良県下市町栃原を中心に行われたサイトビジットに寺岡先生を突撃しました。
 このサイトビジットには、トルコ共和国アンタルヤにあるアクデニズ大学文学部のジェロントロジー(老年学)学科から、学科長のイスマイル・トゥファン先生と講師の村上育子先生が同行、2日間にわたる全行程を視察されました。


奈良県果樹振興センターのビニールハウスで既に色づいた柿の実 左から村上先生(トルコ・アクデニズ大学)、西室さん(栃原地区自治会長)、トゥファン先生(トルコ・アクデニズ大学)、寺岡先生、濱崎さん(奈良県果樹振興センター)

「科学技術白書」で取り組み紹介

――今年(平成25年)6月に発行された「科学技術白書」のコラム(第二部第三章、225ページ目)で寺岡PJの取り組みが紹介されました。

寺岡 大変光栄なことで、ありがたく思っています。今回、トルコから来日されたトゥファン先生と村上先生が視察に来てくださったことも嬉しいです。僕個人はときに壁にぶち当たったり、悩みながら研究を進めているのですが、プロジェクトのみんなに支えられてなんとかここまで来たという感じです。

――先生のフィールドである奈良県吉野郡下市町栃原地区は典型的な中山間地域ですね。

寺岡 奈良県の南部は全国有数の柿産地です。栃原は6つの集落に約80戸の世帯があり、高齢化率は約34%、つまり住民の3人に1人は60歳以上です。急斜面を活かし、柿や梅などの果実を生産しています。
 今、全国の中山間地域の農村で問題となっているのは、少子高齢化・過疎化が進み、後継ぎがいないことです。栃原での農業の担い手の中心は下の図のように50代・60代で、その次が70代・80代です。平均年齢70歳くらいでしょうか。みなさん農業を続けたいという意欲は高いのですが、柿栽培はとても重労働なので、10年後も続けていられるかはわかりません。農地は耕作しなくなれば荒れてしまいますし、このままではコミュニティが衰退してしまう可能性もあります。


栃原地区の現在の農業の担い手(※)。
50代から80代までが多く、若い人は少ない


――農林水産省の予測では、2020年の農家人口は2000年の6割ほどに減ってしまうということですね。

寺岡 でも僕たちの調査では、栃原の外に住んでいるお子さんが収穫などの繁忙期には手伝いに戻ってきたりしているんです。現在はサラリーマンだけど、定年後にUターンして農業をやりたい、という人もいます。ただその時には彼らも60歳を過ぎているわけで、結局高齢者が農業をするということに変わりはありません。
 そこで僕たちのプロジェクトでは、年を取っても長く農業を続けられるような、そしてUターン、Iターンなどで農村に戻ってくる人たちがやりたいと思うような農業のあり方を開発して、栃原のような中山間地域の農村コミュニティが衰退せずに続いていけるようにしたいと思っています。高齢者でも「楽に」「楽しく」できる農業、ということで「らくらく」農法と名付けました。

――具体的にはどのような「らくらく農法」を考えていらっしゃるのでしょうか。

寺岡 一つは身体的負担が少なくお年寄りでも楽にできる農作業方法の開発です。例えば「葉っぱ栽培」。奈良には全国的に有名な「柿の葉ずし」という郷土料理があります。鯖や鮭の切り身を酢飯と合わせ、柿の葉で巻いた押し寿司です。柿の葉にはタンニンが多く含まれており、殺菌・保存効果があります。海のない奈良県に魚を腐らせないように持ち込む古くからの知恵ですね。ところが今、柿の葉ずしに使われている葉っぱの7割が中国からの輸入なんです。これを地元で供給できたらと考えています。濱崎貞弘リーダー(奈良県農業総合センター 統括研究員)率いる「らくらく栽培グループ」が中心となって進めています。

 
写真左:サイトビジットで昼食にいただいた柿の葉ずし(右二つ)と朴葉のちらしずし(左)。
写真右:葉の包みを開いたところ(※)。

――確かに葉っぱの収穫なら80歳、90歳になってもできそうですね。

寺岡 二つ目は電動運搬車の開発です。栃原では約100ヘクタールある柿畑の8割が傾斜20度以上の急斜面にあります。傾斜20度って、ものすごく急ですよ。収穫した柿の実を籠に入れて畑から道路まで運ぶのも重労働です。運搬車を使えば楽になるのですが、市販されているエンジン式は操作が複雑で高齢者には向かないんです。そこで操作が簡単で、手を放せば急停止する安全な電動式の運搬車を開発中です。
 笹岡元信リーダー(三晃精機株式会社 代表取締役社長)率いる「電動運搬車グループ」が中心となり進めています。

――農作業の身体の負担を和らげる方法の開発も行われているんですね。

寺岡 はい。藤原素子リーダー(奈良女子大学文学部人間科学科教授)の「PPK(ピンピンコロリ)グループ」が中心となって進めています。栃原の柿農家の方の身体状況を調べたところ、身体がとても硬い方が多いことがわかりました。そこでストレッチを中心とした体操教室を始めたところ、みなさん「気持ちがいい」と言ってとても喜んでくださっているようです。柿農家特有の身体の使い方に配慮した健康体操をこれから作る予定です。

集落点検グループの取り組みについて

――寺岡先生の「集落点検グループ」の活動について教えて下さい。

寺岡 プロジェクトを進めるにあたり、まず栃原というコミュニティの現状を把握し、抱えている問題点や住民のみなさんの思いを明らかする必要があると考えました。地区の中に「垣内(かいと)」という隣組みたいなグループがあるので、垣内単位で集まっていただいて聞き取り調査を行いました。
 調査項目は大きく3つ。「農地」と「家族」、そして「ムラ」です。
 農地点検は、まず大きな地図にその人が所有する畑の場所を書いてもらい、畑一枚ごとに面積や作物、傾斜度合や農作業のつらさなどを書き入れていきます。記入していただいた栃原の畑470枚のうち、柿畑は221枚で、そのうち、作業が「きつい」か「ややきつい」畑が4分の1あることがわかりました。

 柿畑の10年後の見通しについても聞きました。すると、「10年後も続けている」だろう畑が65.6%、「耕作を断念している」だろうという畑は14.9%しかありませんでした。

寺岡 これは調べてみて明らかになったことで、地区の役員の方も喜んでいました。生涯働きたい、という意欲の強さがよく現れていると思います。でも、少し見方を変え、家単位でこのデータを集計してみると、「耕作を断念している」「続けているかどうかわからない」と答えた畑を1枚でも持つ農家が結局半分以上(柿畑を所有する農家全44軒中23軒)ありました。集落点検はひととおり終了したので、これから「耕作を断念している」と予想した畑が一枚でもあった農家の方に、その理由についてヒアリングを行いたいと思っています。


集落点検の様子(※)

――「家族点検」はどんなことを調査されたんですか?

寺岡 高齢者が農業を続けていくためにはコミュニティや家族のネットワークが大切だと考えています。栃原も高齢化率は34%と高いですが、結婚や就職で地区外に出て行った子どもたちが県内など日帰りできるような距離に住んでいるケースが多く、収穫の時期や祭りなどの行事、盆・正月などに割と頻繁に帰郷しているようです。コミュニティの持続可能性は高齢化率だけで測ることは難しいんです。そこで地区外に住む家族も含めたネットワークの状況について調べました。たとえば一人暮らしで現役の柿農家の方は、娘さんが地区外ですが近くに住んでいて、忙しい時期は手伝いに来たり、頻繁に様子を見に寄っているということがわかりました。

――集落の文化について調べた「ムラ点検」ではどんな発見がありましたか?

寺岡 今回集落点検をやって初めてわかったのですが、栃原というコミュニティは非常に元気があって、面白い文化が残っているんです。

濱崎 都会からそれほど離れているわけでもないのに、田舎の部分もたくさん残っています。栃原の人々を氏子とする「波比賣(はひめ)神社」は、平安時代中期にまとめられた「延喜式神名帳」にも記載されている由緒正しい神社です。年に一度のお祭りは村総出で盛大に行われ、笙や篳篥(ひちりき)などで雅楽を村の人たちが演奏し、小中学生の女の子たちが巫女の舞を奉納します。先祖代々伝わっているんですね。猿楽も昭和の中ごろまで伝わっていたそうです。古い伝統を活かしながら今風の生活もしている。

寺岡 垣内それぞれにお地蔵さんや金毘羅さんなどを祭っていて、小さなお祭りの数はものすごく多いこともわかりました。


栃原地区の氏神を祀る波比賣(はひめ)神社。
毎年10月に境内で盛大にお祭りが催される

――全体で300名の集落で、そんなにたくさんお祭りがあるというのは大変そうですね。

濱崎 お祭りの多さというのは、村が元気かどうかの指標になりますよね。大変だけど、まだやれる、という。栃原よりもう少し山の方に行くと、限界集落でお祭りができなくなっているところもあります。社をどう存続していくか悩んでいるような。

――そういう意味ではコミュニティの持続可能性の話と直結するんですね。栃原は昔ながらの古い考え方やしきたりも強く残っている地域なんですか?

濱崎 それが意外にアッサリしているんですよね。その辺がまた面白いところです。地域のドンみたいな人があまりいないんですよ。自治会長の西室さんはもちろんリーダーの一人ではありますが、全部を仕切っているかというとそうでもない。そういう意味では都会的でもあり、不思議な共同体です。

寺岡 特定の個人や集団が村のすべてを決めるにはちょっと大きすぎるのかもしれませんね。また、山村的で家がかなりばらけて建っているので、300人程度の地区なのにお互いに知らない人もいるんですよ。そういう意味では皆が皆を知っているというような「ムラ」のイメージと、栃原はかなりかけ離れているかもしれません。

濱崎 自治会で地域の直売所を作っているんですが、それも任意団体なんですね。組合長の福本さんを中心に、やる気のある人たちが集まってやっている。奈良県の柿農家さんはどの地域でもそんな傾向がありますね。割と一匹狼的なんです。

らくらく栽培グループの取り組みについて

――次に濱崎さんのらくらく栽培グループの取り組みについて伺いたいと思います。

濱崎 目標は農業を営んで来られた方が高齢になっても農業を続けられるような仕組みを考え、畑を荒らすことなく次の世代にバトンタッチできるような体制を整えることです。柿生産は高齢者には重労働ですが、いきなり柿をやめてブルーベリーにしましょう、と言っても無理です。作り慣れた柿で、いかに労力を軽くしていけるかがポイントです。
 私の勤務先である奈良県農業総合センター・果樹振興センターではそのための技術をいろいろ開発しています。例えば柿の木は通常2~3m、放っておくと10mくらいまで育ちますが、高さを人の手の届く範囲に抑えれば、不安定な脚立の上で作業しなくてすみます。


モデル園で収穫した柿の葉を手にする濱崎さん

 また、このプロジェクトでは名産品の「柿の葉ずし」に使う柿の葉の生産に力を入れています。柿の葉なら収穫も運搬も楽ですし、無農薬の方が喜ばれますから農薬散布の手間もありません。高齢者に向いている「らくらく」農法と言えます。葉っぱ一枚の単価は安いですが、年間4~5千万個作られているという柿の葉ずしの葉を全部国産に変えられればものすごいビジネスです。

寺岡 このPJの協力メンバーの平宗さんは創業150年を超える柿の葉ずしの老舗ですが、昨年試験的に収穫した柿の葉を10万枚ほど購入してくれました。

――今朝、「柿の葉栽培」モデル農園を見学させていただきました。

寺岡 実験農園は二つあり、一つは栃原地区自治会長の西室さん所有の7アールの柿畑。もう一つは、先ほど話に出た波比賣神社の宮司を務められている中森さんの休耕田です。西室さんの畑はすでに収穫・出荷を行っています。

濱崎 中森さんの畑はもともと田んぼでしたから平地で、畑のように傾斜がなく高齢者が作業するのに向いています。晩霜にやられてしまう場所で、商品としての柿の実はできないんです。休耕田の転用方法は栃原以外でも問題となっていますから、らくらく農法として面白いと思っています。今年土を入れて苗木を植えたばかりです。

 
(左)中森さんの柿の葉栽培モデル農園。3年前まで水田だった。
(右)波比賣神社の宮司を務められている中森さんご夫妻。
奥さん「将来、ここでみんなで集まってワイワイ話しながら柿の葉を取るのを楽しみにしています」

寺岡 実はこの柿の葉のモデル農園は、実現すると思っていなかったので、研究計画書には書いていないんです。ところが地域の方の協力をいただき、作れることになりました。計画にないことに関して研究費を使うことは普通の事業ではまず出来ないのですが、RISTEXは柔軟に認めてくれたので大変ありがたかったです。


栃原地区自治会長の西室さん。
「柿の葉は一枚当たりの単価が安いので生産管理をきちんとしないと利益を出すのは難しいと思います。その意味でも若い人にはなじみにくいですが、作業が楽なので高齢者には向いています。朝早いうちにワーッと収穫してしまって、日中は家で枚数を数えたり葉っぱの大きさを揃えたりとか、ボケ防止にもなりますね」

――西室さんの畑では、清水さんという50代の女性の方が葉の収穫をされていました。

濱崎 葉っぱの収穫作業は単純で根気が必要なので若い人にはあまり向かず、忍耐力のある55歳~60歳くらいの人が一番適任だそうです。
 柿の葉ずしに使う葉は「平核無(ヒラタネナシ)通称『合わせ柿』(渋抜きが必要な渋柿で、渋抜きの事を『あわせる』と言う)」という品種の渋柿だけです。6月~7月くらいの若葉のころが柔らかくて一番良いとされます。機械で巻きますから、幅が10センチ~13センチの葉しか規格に合いません。13センチより大きい葉は収穫後にハサミで大きさを揃えます。


柿の葉を脚立にのって収穫する清水さん。
「朝5時から始めて10時くらいまで、5時間で約2000枚の葉を取ります。
夏は暑いので外での作業はそれで終わりにしています。若葉の頃は一日4000枚取ります」

濱崎 寺岡先生の集落点検で、現役の柿農家の方は高齢になって農作業がつらくなっても柿の実づくりに強くこだわる、ということがわかりました。「俺は柿を作って生きてるんだ、柿が作れなくなったらそれで終わりや」という気持ちはとても強く、葉っぱ栽培に対する関心は低いです。そこをどう変えていけるか、もしくは変えない方がいいのか、というところを見極めていければと思っています。定年まで農業以外の仕事もされていた方は葉っぱ栽培にとても関心を持ってくれています。
 また、「葉っぱ栽培は儲かる」となれば心変わりする人も出てくるでしょう(笑)。ですから葉っぱ栽培を労働に見合うようにしていく、というのが私たち農業総合センターの仕事でもあります。

――柿の加工品の開発も進めていらっしゃいますね。

濱崎 柿をスライスして干したものや、あんこの代わりに柿を100%つかった柿まんじゅうとかですね。 あと、柿渋。柿は「一枝にひとつ」が基準で、他の実は若いうちに間引きされてしまうんです。その青い柿から作ります。染料が有名ですが、昔はやけどとか切り傷とかに効く「万能薬」としても使われていました。これは柿のタンニン、つまりポリフェノールの効果です。今、加齢臭の消臭効果で人気急上昇中なのが、柿渋石鹸です。

電動運搬車グループの取り組みについて

――今日、奈良県大和高田市にある三晃精機さんに伺い、電動運搬車と電動一輪車を拝見しました。電動運搬車は四輪からクローラーに改良されましたね。

笹岡 試作4号機です。栃原周辺は結構イノシシが出るんです。イノシシが掘った穴に車輪が落ちてしまうと持ち上げるのが大変なので、凸凹に強く安定性のあるクローラー(キャタピラー)タイプに変更しました。

 
クローラータイプの電動運搬車(試作第4号)
写真左:リモコンでも操作でき、急斜面でピタッと停止する(※)

――操作が簡単ですし、手を放すとパッと止まるので安心ですね。

笹岡 エンジン式のものはすぐに止まりませんし、操作もボタンやレバーがたくさんあるので、パニックになって手を放すと逆にひかれてしまう可能性があります。高齢者が使うので、20度の傾斜で手を離してもきちんと止まることはとても大事です。お年寄りの女性に「私にもできるかな」と思ってもらえるシンプルさも重視しています。楽しんで使ってもらいたいですね。
 バッテリーはリチウム電池で、家のコンセントで充電できるほか、斜面の日当たりのよさを活かしてソーラー(太陽光)充電も考えています。

寺岡 最近中山間地域ではガソリンスタンドがどんどんなくなっていて、ガソリンを買うために一山越えなくてはならないんです。その意味でも電動は大きなメリットがあります。メンテナンスも楽ですし。


三晃精機社長 笹岡元信氏
「ウチの社員は作業者じゃなく、全員が研究者です」

――人を認識して、動くと自動で後をついてくるようなシステムも考えられていると伺いました。

笹岡 奈良工業高等専門学校にご協力いただき、自動追尾システムを開発中です。また、収穫した柿はコンテナに入れてトラックまで運ぶんですが、運搬車を畑からトラックまで無人で往復させられないかと考えています。
 基礎的な技術はできているので、これからは必要なサービスを載せていきます。高齢者なので、作業途中に動けなくなってしまうこともあるかもしれない。GPSでだいたいの位置を把握できたら便利ですし、スマホをリモコンのように使ったり、ラジオをつけたりね。楽だし、楽しいでしょ(笑)。

――今回、電動の一輪車も開発されました。

笹岡 世界初! バックができる電動一輪車です。バイクを考えるとおわかりになると思いますが、一輪車や二輪車はバックができないんです。でも農作業ではバックの必要性はとても高いです。そこで外側にチェーンなど危ないものがなく、安全なインホイールモーターでバックができるようにしました。
 栃原で運搬車を試験中に農家の女性の方から「収穫時に小回りが利く電動一輪車がほしい」と要望をいただいたのがきっかけです。情熱と知恵の結晶です。


バックのできる電動一輪車。小回りがきき、操作も簡単

――栃原で運搬車と一輪車を試験したとき、「今すぐにでも使いたい」という声が上がっていましたね。

笹岡 ご期待に沿えるようなところまでだいぶ近づいてきたと思っています。このプロジェクト期間内に実装できるよう頑張ります。


三晃精機さんで、プロジェクトメンバー、社員の方たちと。手前は電動運搬車、電動一輪車

PPKグループの取り組みについて

――藤原先生のPPKグループは、柿農家の方の身体状況や作業負荷について調べられたそうですね。

藤原 調査前は、栃原の柿畑は斜面の傾斜がかなりきつく、不安定な脚立を使って踏ん張って作業されているので、みなさん足腰が大変強いだろうと予想していました。ところが全国平均と変わらないかそれ以下という結果だったんです。


藤原先生

――それは意外ですね。農業をされている方はとても丈夫というイメージですが。

藤原 傾斜が多い土地に順応する姿勢を長年取り続けてこられたためか、体がとても硬い方が多いのです。  作業負荷の調査では、柿栽培は身体の左右のバランスが対称でない作業が多い、ということがわかりました。現場では身体の片側に収穫用の籠(通称「ポテ籠」)をつけ、もいだ実を入れていくのですが、右に籠をつけたとすると、反対側の左の腰はそれを支えるためにものすごい力が入るわけです。ポテ籠には10kgくらい入りますが、籠を腰にひもで括りつけている方が多く、腰の一点にかなり負担がかかります。


柿収穫の様子(※)。
斜面に1mほどの脚立を立て、腰に黄色の「ポテ籠」を着け、上を向いて作業する

 あとは首や腕、ふくらはぎです。収穫時はずっと上の方を見て上体を反らしています。そうすると頸椎にものすごい負担がかかるんですね。腕も上げたり下げたりで、肩や肘もつらくなります。奈良県リハビリテーションセンターの医師に相談したところ、脚立上ではふくらはぎを使って体重を支えているので下腿部にも負担がかかっているということでした。あとハサミを一日中握っているのでバネ指になったというご意見もありましたね。

――体にものすごく負担がかかる収穫の時期というのは何か月くらいあるのでしょうか。

藤原 約2カ月くらいでしょうか。品種によって収穫の時期がずれるため、毎日かなり長時間作業されますし、この品種が終わると次の品種、という風に続くのですぐには終わりません。
 農薬散布や花芽の間引きなどの木の世話は、収穫の時期ほど大変ではありませんが、年中行われていますし。

――みなさん「つらい」という自覚症状は強くお持ちなんでしょうか。

藤原 つらいと感じてはおられますが「それが当たり前」と思っていらっしゃるようです。ポテ籠についても「これ以上に収穫に良いものはないから」と。農家の方が一番気にされるのは、柿が傷つくことです。一つ一つ大切に実を扱うためには身体の片側に籠をつけてもう片方の足で踏ん張るというやり方が一番いいんですね。
 今、3カ月に1回、栃原の集会所で体操教室を開いています。全身を伸ばすストレッチをするとみなさん「気持ちええなぁ」とおっしゃいます。


体操教室の様子(※)

――柿農家の方に合った体操を開発中と伺いました。

藤原 柿農家特有の作業で負荷がかかる身体の状態を解消するような体操を作ろうとしています。多分左右均等に筋肉をストレッチしたりするものになるとは思いますが、腰、足、肩、首まわり、手指が硬くなっている方が多いという特徴を踏まえ、農作業の疲れがほぐせるような身体のメンテナンスができる体操にしたいと考えています。

地域の人々やステークホルダー、チームメンバーとの協働について

――社会実験の場所として栃原を選んだのはなぜですか?

濱崎 奈良県の柿産地(下市町、五条市、旧西吉野村)の中で高齢化が目立つのが下市町でした。奈良県には果樹栽培農家の有志で構成する500名くらいの任意団体「果樹研究会」があり、栃原の方々もメンバーで、私は果樹センターの職員として昔から付き合いがありました。自治会長の西室さんがとても熱心で、ちょうど高齢化など地域の問題について相談を受けたりしていたので、前向きに協力してくれるだろうと思いました。「果樹研究会」の会合に寺岡先生が顔を出されたりして、徐々に関係を作っていきました。


西室さんの柿の葉モデル園で。

――寺岡PJの結束の良さはピカイチだと評判なのですが、その秘訣はどんなところにあるのでしょうか。

寺岡 秘訣ですか・・・。代表者としてメンバーをまとめていく苦労とか、実はあまりないんですよね(笑)。うちのメンバーが面白いのは、自分の専門に固まっていない人ばかり、ということですね。濱崎さんは理系の研究者で農業が専門ですが、実は古代史に造詣が深いです。笹岡社長もバリバリの工学系ですが介護関係者へのネットワークも持っていて、PJに協力していただいている奈良県リハビリテーションセンターは笹岡社長の紹介です。PPKの藤原リーダーは医学博士でスポーツ科学が専門ですが文学部に所属しずっと研究をされてきました。奈良高専の阪部先生は、自宅で柿の栽培もされています。つまり、自分の専門を超えてちょっと外に踏み出している人が多いんです。こういう人たちが集まると、異業種連携もスムーズに行くような気がします。

――西室さんや中森さんなど、研究メンバー以外でプロジェクトに関わる方(ステークホルダー)との信頼関係もとても厚いと感じました。

濱崎 他の事業で培ってきた人脈の中から、このプロジェクトに適任だと思う人に協力をお願いしました。中心になってくれる人をピックアップするとその人がまた別の協力者を紹介してくれて、広がっていきました。

寺岡 このプロジェクトを始めてから新しく付き合いだしたのは自治体の方だけですね。奈良県は、知事が県南部の振興に力を入れるということでちょうど独立の部署(南部振興課)を立ち上げたところだったんです。ですから挨拶に行ったら大変歓迎してくださいました。
 下市町も担当の企画財政課の方がとても柔軟かつ積極的で、話がスムーズに進みました。本当にラッキーでしたね。

濱崎 県や町が地域を活性化するために何とかしなくちゃ、と思ったタイミングでこのプロジェクトが立ち上がりましたからね。

寺岡 実は採択される前年(平成22年度)も応募していたんです。その時に採択されていたら、立ち往生していたかもしれませんね(笑)

――大学のある奈良市から栃原まで車で1時間半くらい。往復3時間ですから、かなり大変だと思うのですが、どのくらいの頻度で通われていますか?

寺岡 実は一昨日も行ってたんです。少ない時でも1カ月に2回は行きますね。会合は夜が多いんですが、日帰りできる距離なので夜遅くなっても自宅に帰れます。他のメンバーも課題ごとに結構通ってますから、プロジェクト全体でみると毎月相当な頻度で行ってるんじゃないでしょうか。


栃原でたわわに実った柿(※)

――RISTEXでの研究開発期間はあと1年ちょっとですが、終了後の展開についてお考えをお聞かせください。

寺岡 成果の普及というとおこがましいですが、この地域でやってきた活動の経験でマニュアル化できそうな部分があるんですね。それが下市町の他の地区、さらに町外の地域などに広げていけそうな方向に自然に向いてきています。

濱崎 今は柿の葉をやっていますが、漢方薬に使うような薬草や、吉野杉などの名産品が他にもあり、復活させようという機運もあるので、今回のやり方を応用できたらと思っています。吉野杉を使って家具を作りたいという話があり、栃原で山を持っている方に相談したらトントン拍子に話が進んだりしています。

寺岡 集落点検も栃原でやった少し後に、隣の集落が自主的に始めたんですよ。始めた時は僕たちも全く知りませんでした。今は連携していますが。

濱崎 地域の話を記述して問題点を洗い出し、10年後に畑をどうするつもりかを色で表すというようなことをやってみるだけで将来のビジョンが見えてくる、ということが栃原の人にはっきりわかったのかもしれませんね。そうした考えが周囲の集落に波及し始めているかもしれません。

寺岡 また、柿渋用の柿や柿の葉を扱ってみようとか、そういう意識が広がっています。このプロジェクトのノウハウは、そうした動きをどう支援していくかなので、プロジェクト終了後もサポートしていけたらと思っています。

濱崎 開発した社会技術をどれだけ地域で採用してもらえるか。それによって地元が振興し、高齢者が営農を楽しんでいただけるようになるとか外からも新しい人が入って来やすくなるとか、農地が放棄地にならずに守られるとか、そういうところが実現するといいなと思っています。
 柿畑は奈良県に2000ヘクタールくらいあります。隣の和歌山県と合わせて日本最大の柿産地です。それぞれの地域で事情は違うのですが、そこでこの技術をどう活かし、どうカスタマイズしていくか。普及組織との連携を密にしていかなければと考えています。

――研究を進めていて、驚いたり面白かったエピソードはありますか?

寺岡 先ほど少し触れましたが、栃原が雅楽などの古い伝統をずっと守り続け、村の伝承や資源が豊富な地域であったことですね。「ムラ点検」で郷土料理や昔の行事を聞いたら、書ききれないほど出てきました。80歳の人が知っていて60歳の人が知らないこともありました。伝統文化については戦時に廃れてしまったものも多く、10年後だったら話にも出てこなかったかもしれません。このタイミングで調査できたのは幸せでした。また調査(点検)をすることで、栃原の地区の人の間での共有、伝承もできたかな、と思います。
 実は9月に、栃原の人に大学まで来ていただいて、生協の食堂で郷土料理を作ってもらう予定です。その一つは「半夏生(はげしょう)餅」といって、田植えが終わったあとの慰労に神様にお供えしてから食べたものです。ムラ点検ででてきた料理の一つですが、大学で作っていただき、学生に学んでもらいたいと思っているのです。地域によって作り方が違います。家庭料理としての「柿の葉ずし」も説明しながら作っていただけるとのことです。

――わぁ。それはとても素敵ですね。寺岡PJの雰囲気が読者の方にも伝わるようなお話ですね。今日はどうもありがとうございました。



プロフィール

寺岡 伸悟

氏 名: 寺岡 伸悟(てらおか しんご)
経 歴: 奈良女子大学 文学部人文社会学科 准教授
奈良県出身。熊本大学文学部専任講師、甲南女子大学人間科学部助教授(社会学)などを経て、2005年から国立大学法人奈良女子大学文学部准教授。京都大学博士(文学)。農山村を主たるフィールドに、地域社会文化の発掘やその資源化、さらにそれらを用いた産業振興・地域づくりのための調査・研究を行っている。そのため地域の情報化やメディア、さらに観光学の分野にも関心を広げている。
専門: 地域社会学・文化社会学
血液型: A型
星 座: しし座

リラックスタイム

――研究に行き詰ったとき、気分転換や息抜きはどのようにしてされていらっしゃいますか??

寺岡 大学近くの奈良公園を散歩しますね。さらにその奥にある森のなかを歩いたりします。音楽も好きなのでよく聴きます。実は今、奄美地方(鹿児島県)にも年に2回ほど出かけています。島の文化が好きで何度か遊びに行っているうちにそこの音楽を良く聞くようになったんですが、趣味が高じて今、このプロジェクトの合間に奄美の音楽文化や地域メディアの共同研究にも参加しています。研究補佐的な役割ですが、気分転換になります。

――研究を行う上でのモットーや座右の銘はありますか?

寺岡 「外に出る」ということですね。言葉通り研究室の外(フィールド)に飛び出す、という意味もあるんですけど、自分の研究の専門分野の枠の外に出る、という意味でもあります。そうすることで異分野異業種の方とのつながりが生まれます。

――この記事を読まれている若手研究者の方へのメッセージをお願いします。

寺岡 自分の専門外と思われることでもチャンスがあったらやっておく、ということでしょうか。僕の専門は社会学ですが、学生の頃は在日コリアンなどエスニックネットワークを研究テーマにしていて、論文の指導教官が僕だけ社会学じゃなくて文化人類学の先生だったんです(笑)。
 初めて就職した熊本大学でも、フォークロア(民俗学)を教えている教室に着任しました。フォークロアだから村の地域文化の研究をしなきゃいけない、と思ってやりだしたことが、結局今につながっている感じです。若い頃にいろいろな経験をし、幅広い知識と経験を得ておくと、将来思いがけず活きることはたくさんあるように思います。


関連リンク

  寺岡プロジェクトのWebページ
  国立大学法人 奈良女子大学
  「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究開発領域 寺岡PJ紹介ページ

  科学技術白書(抜粋)第二部第三章「我が国が直面する重要課題への対応」
  ※寺岡PJは225ページで紹介されています



TEXT :RISTEX広報 すもも
※印の写真および調査データは、寺岡プロジェクトからご提供いただきました。

取材を終えて

 「最初は『大学の先生が栃原で何するんだろう』と思ったけれども、自然な感じで入ってきた」。波比賣神社の宮司で、柿農家でもある中森さんのお話です。「地域の会合に本当に良く顔を出してくれるんです。とてもありがたいと思っています」。

 寺岡先生の気遣いの細やかさとフットワークの軽さは、みなさんが口を揃えます。先生に「"人"がお好きなんですね?」と伺うと「いやー、普通ですよ」と笑って流されますが、片道一時間半、往復三時間の地に通い詰めるのは並大抵のことではありません。私が伺った日も、栃原の方から「10月の波比賣神社のお祭りには来てくれるんでしょ」と声をかけられていました。

 RISTEXの研究に携わる前、旧西吉野村(市町村合併により現在は五條市)をフィールドに研究されていたそうですが、その頃、ご当地ゆるキャラのカッキーの着ぐるみの中に入られたこともあったそうです。地域の人々に親しまれている寺岡先生のお人柄がよくわかるエピソードです。

 地域の方との深い信頼関係が、当初研究計画になかった柿の葉モデル農園の実現や集落点検の充実に結実しているように思います。

 濱崎さん、笹岡社長、藤原先生、事務局としてプロジェクトを支える片上先生(奈良女子大学 社会連携センター 特任助教)はみなさん個性豊かで大変熱い方々でした。

 RISTEXでの研究開発は平成26年9月末日までですが、終了までの約一年間、持ち前のチームワークの良さを活かし、素晴らしい成果を出せますよう、お祈りしています!