No.4 自閉症スペクトラムの子どもたちがより良く生きるための力になりたい



RISTEXの研究開発領域内で活動された研究者や、RISTEXの支援している活動に参加されている研究者を突撃訪問!
論文からは見えない研究の背景や裏話はもちろん、「人」に鋭く迫ります!

神尾陽子氏(国立精神・神経センター精神保健研究所 児童・思春期精神保健部 部長)に突撃取材!

今回は平成21年度で終了を迎える「脳科学と社会」研究開発領域から、神尾陽子先生のご登場です。

約5年間にわたる長い研究を終えられたばかりの神尾先生に、2010年年明け早々、突撃取材! ご勤務先の国立精神・神経センターは、東京都小平市にあります。迷子になったら二度と出られなくなりそうな広大な敷地に何棟もの建物が立ち並ぶなか、やっとたどり着いた明るい研究室で、楽しいお話を伺ってきました。

まず最初に、プロジェクトについて、わかりやすくご紹介いただけますか?

一言でいうのは難しいのですが、ある自治体の乳幼児健診と連携して、地域の子どもたちの発達を「社会性」という観点でチェックし、自閉症スペクトラムになっていく可能性のある子どもたちを広く割り出しました。さらに保護者の方の同意が得られた子どもたちについて、1歳半から最長で約5年間自治体と連携して、社会性を中心とした発達について追跡調査研究(コホート研究)を行いました。

今回の研究の社会的な意義はどんなことにあるとお考えですか。

自閉症は程度が軽いからいい、というものではありません。むしろ程度が軽い人の方が社会の中で生きにくかったりする。これが病気と大きく異なる点です。昔から知られている発達に遅れを伴う自閉症は紛れもない「障害」ですが、今はそれが広がって発達や知的に遅れのないスペクトラムと呼ばれる人の問題が社会化しています。
閉症の診断基準に厳密に当てはまらない人まで含め、広い意味での自閉症スペクトラムとすると、ものすごい数になって身近なものとして感じられるでしょう。子どもの頃「変わっている」くらいで済んでいた人たちが、大人になって「うつ」や「不安が強い状態」になってしまうことがある。不安が強いと、外に出られず「引きこもり」になったり、混乱が極端な行動に出て犯罪につながることもあります。一般人でもストレスフルな時代なのに、その影響を自閉症スペクトラムといった弱い人が受けないはずはないですよね。程度が軽いから幼児期に放っておいていい、とは言えないのです。
の社会の問題を解決するためにどうしたらいいのかを考えたとき、日本には素晴らしい臨床医や専門家の先生はたくさんいて、考え方もいろいろあるのですが、エビデンスがないのでやはり日本に暮らす自閉症スペクトラムのある誰にでも言える真実にはなりません。また残念なことに日本は臨床研究が遅れていて、日本で取ったデータがほとんどないのです。専門家も欧米の教科書で勉強しているんです。でも特に発達障害においては経験、教育、環境などさまざまな要因がかかわり、文化の違いが大きく影響します。ですから基礎となる幼少期のデータを日本で取ることができたというのはとても意義のあることだと考えています。


神尾陽子先生。研究室で。

自治体と連携して、地域でコホート研究を行ったということも大きな特徴ですね。

臨床におけるコホート研究は、普通は病院など医療機関で行われることが多いですが、そうすると対象となる人は、診断がついているか、疑いのある人に限られてしまいます。
閉症は遺伝的な背景がありながら、発達の段階で学習や経験や環境によって変わっていく複雑さ、多様性があります。自閉症を理解することは医療機関に来た人を見るだけでは十分ではなく、疫学的に広く調べる必要があると感じていました。
だ、地域で広くという研究はやりたいと思ってもなかなか実現できません。自治体の協力なしでは成り立ちませんから。

どのようにして協力してくれる自治体を見つけたのですか?

普通はまず断られますよね(笑)。私の場合は、講演を頼まれた時にお願いして、最初はもちろん無理だと思われたようですが、話を重ねるうちに面白いから協力してみよう、という風になって、上の方を説得して下さったんです。
ップダウンではなく、現場の方が話を上げてくださったんです。保健師さんなど乳幼児健診に携わっている現場の人たちがニーズを感じていたということもあったと思います。
政の方にはものすごく協力していただいて、地域住民のためにもっと良いことはないだろうかと考えている専門家の方たちと仕事ができたのは幸せでした。

RISTEXは「社会技術研究開発センター」という名前のとおり、社会の問題の解決に役立つ研究や技術の開発を支援していますが、今回の成果の中で、世の中で実用できる技術としてどのようなものを開発されたでしょうか。

今回導入した1歳過ぎからの社会性の発達を含めた乳幼児期の健診システムはどこの自治体でも実装できると思います。
般に使われている自閉症の診断基準は3歳以降でないと使えませんが、2歳ごろでも対人行動などから支援の必要なケースの発見ができ、診断が可能となる前から必要な支援を始めることができるのです。
こで気をつけなくてはならないのは、自閉症の早期発見・早期支援という言い方は誤解を生む可能性もあるということです。早期発見と言うと、悪い宣告を早い時期にして本人や家族に不幸をもたらすのではないか、と心配される方もおられるでしょう。また決定的な自閉症の治療法がないのに早く見つけても仕方ない、と考える方もまだまだおられることも知っています。でも、実際は、早くから子どもの発達をいろいろな角度から調べると、その子どもが必要とする支援は同じ自閉症スペクトラムでも一人ひとり違っています。また家族のニーズによっても変わってきます。また同じ子どもでも発達段階によって支援のニーズは変わってきます。早い時期にはその時期だからこそのニーズがあるのです。早くから子どもにあった療育に参加したり、育児に助言をしていくと、子どものコミュニケーション能力だけでなく意欲も改善していくのがはっきりわかるケースもあります。親が子どもの発達状況や行動の意味を理解することは、つまり、子どもの良き理解者であるという親の自信になりますし、理解されて育つと子どもも安心するので変わっていきます。そう考えると、自閉症の早期発見というのは不幸の知らせではないと思うんです。
ちろん嬉しくはないことを知らせるわけですから、自治体の現場の方たちも私たちも、いかに真意を伝えるか、ということにすごく気を遣いました。なかにはもう参加しない、とおっしゃった方もいましたが、わが子を理解しよう、どうしたら良い方向に進むのか、と熱意を持って続けてくださった方もたくさんおられました。お母さんだけでなくお父さんも熱心に参加してくださいました。
た現場の保健師さんたちは、小さい頃からその子を見続けているから、現在のその子の行動の問題がどういうことなのかよく理解できるし、学校生活のなかでどういう支援が必要になるのか見通しがつきやすくなった、ということをおっしゃいました。保護者だけでなく地域の関係者に早期から見守られることもとても大切だと思います。

研究期間中、いろいろなことがあったと思うのですが何が一番大変でしたか?

一番はやはり私自身が福岡から東京に転勤してしまったことですね。プロジェクトが始まって2年経った頃でしたが、本当にどうなることかと思いました(笑)。
タッフ間でのコミュニケーションが減ると、研究の進行になにか問題が起こったときに解決するのが少し遅くなってしまうんです。毎月1回は必ず福岡に行くようにしていましたが、約束の日に対象のお子さんが病気になって会えなかったり、予定どおり進まない、遅れがちになる、ということが続きました。
た、周囲の状況を変えることができないのに当初の計画どおりにスケジュールを進めようとすると、自分がかなり無理をしてまでフル活動しなければならず、精神的にもキリキリして追い詰められたりしました。
観的な性格なのでもうダメだとは思いませんでしたが、開き直りはありましたね。考えていたとおりに進まないのはそもそも計画に無理があるのかもしれないし、計画に固執すると周りが迷惑してしまう(笑)。何しろ人を相手にした研究なので、チーム全体が余裕を持って進めることができるように、絶対に必要な幹の部分は残して、他の部分は割り切る。頑張ればあれもできる、これもやりたい、と考えるのではなくて、一番肝腎なところを余裕を持ってできるようにする、と考えたら少し楽になりました。精神的に余裕を持つというのはとても大切なことだと思います。
タッフの数も少なかったので、計画をスリムダウンしたところはありますが、得られたデータに無駄なものは一つもないのでまた次に活かせますし、とてもよい勉強になりました。

研究スタッフのみなさんと
研究スタッフのみなさんと。左から稲田さん、黒田さん、
小山さん、神尾先生、井口さん、則内さん、森脇さん

楽しかったことや嬉しかったことはありますか?

5年間、危機感は常にありましたが(笑)、それを補って余りあるくらいの面白さがありました。日々発見だらけでしたね。
かでも幸せだったのは、いろいろな分野の方と一緒に研究できたことです。
達心理学や認知心理学など様々な心理学や医学でも神経生理学、神経科学などバックグラウンドが異なる先生方との交流は、同じ用語を使っていても意味が全く違ったり、表面的にはわかりあえているつもりでも、いざ一緒に研究をするとなると定義から方法論からぶつかり合うので、何度もコミュニケーションを重ねるなど大変でした。
粋に専門性を同じくする者同士だけで研究をやった方が楽だし、効率的です。お互いの意見交換や調整に時間をかけることは、一見、研究のスピードが遅くなるので無駄なことのようにも思えます。研究中は焦ったこともありましたが、今になって投資した時間とエネルギーの価値の重みを実感しています。日本の将来に残る研究をするために自分にできることは、きちんと臨床的評価を行った日本の代表的なデータを取ることで、この方法しかないと思ったので、時間をかけて地道に、苦手な忍耐をしました(笑)。大変でしたが、すごくインスパイアされたし、コラボレーションによって初めて実現できたこともありました。
た、RISTEXの「脳科学と社会」研究開発領域の別プロジェクトにいらっしゃった六反先生(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部教授)とのコラボも本当に面白く、重要な知見が得られました。RISTEXの領域内で一緒に活動することによって生まれた副産物なので、今後どのように発展させていくかということを考えています。この研究で違う分野の先生方との出会いをいただけたことは、私にとって宝物です。

5年間という長い研究を終えて、どのようなお気持ちですか?

ものすごーく幸せです!報告書を書きながらじわじわと幸せを実感しました。プロジェクトのメンバーも今年はやっと楽しいお正月を迎えられたのではないでしょうか(笑)。

話は変わるのですが、神尾先生が自閉症を研究されるようになったのはどのような理由からですか?

児童精神医学という分野はまだ若く、学会もちょうど去年50周年を迎えたところです。私が医学部を卒業して入局した頃には、今よりもずっとマイナーでそこにすごく興味を惹かれました。自閉症についても最初の頃は子育てが原因という学説が主流だったのが、短い間に生まれつきの脳の問題だというように、コペルニクス的転回をしました。立派な先生たちが真剣に考えているのにこんなに見方が変わるのが面白かったですね。研修医を終えて勤めた自治体の児童専門のクリニックでは、通園施設などに巡回指導に行ったり、不登校児の家庭訪問をしたり、学校へ出向いたり、診察室の外に出るという経験をしました。これもすごく貴重な体験でした。
の後留学したロンドン大学でお世話になったラター先生の姿勢に、大きな影響を受けました。イギリスは今につながる児童精神医学の基礎を作った国ですが、退屈なくらい実証主義なんですよ(笑)。疫学研究も進んでいて、ある島全部の子どもの情緒や行動面のデータを取り追跡するということを当時からやっていました。すごい時間と人手をかけるのに成果がすぐには出ないので、当時はあまり魅力的でないと思ったりもしたのですが、エビデンスのない説は信用しない、また反証できないものは科学ではない、というストイックなまでの姿勢があります。いい研究の基本となるのは実証であり、疫学コホート研究は大事だな、と実感しました。
の後大学に戻り診療の傍ら、臨床研究を続けているなかで、自閉症の複雑さ・多様さは今のやり方では解明できない、疫学コホートをやらなければだめだと感じました。診療の片手間では出来ないので、どんどん研究が中心になっていき、現在に至ります。

RISTEXのスタッフやサポート体制はいかがでしたか?

常に励ましていただいて、心強かったし、感謝しています。RISTEXのスタッフはすごく親身になってくれて、優しく丁寧でした。細かいことに至るまで丁寧で、苦手な事務的な仕事に関して初めて専門的にサポートしてもらった!という感じがしました(笑)。追い詰められたときに優しい言葉をかけていただいたり、精神的にもすごく救われました。

今後、どのような研究を行っていきたいとお考えですか?

この研究をこのまま終わりにするのではなく、調査に協力してくれた子どもたちがさらに成人するくらいまで追跡していきたいです。年齢が上がっていくといろいろな社会的要因が絡んできますし、成長すると小さな頃にはできなかった調査もできるようになるので、色々な角度からの研究が可能になります。
た、調査を行ってきた子どもたちは、やはりメンタル面でもハイリスクであることには変わりなく、子どものうつ病など色々な問題が出てくる可能性があります。観察し続けることで新たな問題が出てきたときの早期介入にもつながるのではないかと思います。
には、首都圏の地元をベースとした疫学コホートや、自閉症の子どもを持つ家族についての研究もやってみたいです。子育ての考え方というのは道徳や価値観が大きく関係するので科学が入り込みにくいですが、正しい科学的なやり方を押しつけても支援にはならないので、それぞれの親の価値観と合わせて合理的な育児支援ができるような研究ができたらいいな、と考えています。研究室には子育てはもちろん勉強熱心な親御さんが集まる傾向がありますが、自治体と協力して行う研究には色々なタイプの親御さんが集まります。親の価値観の多様性にも興味があります。その意味で自治体と協力する研究をこれからもしていきたいですね。

最後にこのWEBを見ていらっしゃる若手研究者や、女性の研究者へのメッセージをお願いします。

私は臨床医からスタートしましたし、研究者になろうとは思っていませんでした。私の臨床研究という観点で言えば、良い臨床医になるにも研究マインドが必要なんですね。臨床医としてのスタンスが良い臨床研究の基本ともなると考えていますので、まず数年は臨床経験を積むことが大切だと思います。そして研究がしたくなったら一時期臨床から完全に離れて研究に没頭する期間があってもいいのかな、と思います。
究している時期には自由な広い目で物事を見て視野を広げてほしい。それがその後の臨床医活動あるいは臨床研究の質を決めることにもつながります。
床研究は、患者さんのためによりよい方法を追求する方向で研究を設定するという点で、基礎研究とは全然違います。日本は基礎研究の水準は世界トップレベルですが、臨床研究は遅れています。制度の問題もありますが、臨床研究者がもっと増えてくれるといいと願っています。
性研究者については......課題というと家庭や育児との両立で、私は残念ながらそのどちらも両立していないんですが、よく自由だと言われます。今の時代、とらわれることもないので、好きなことができる生き方も実に楽しいものです(笑)。




プロフィール

氏 名: 神尾 陽子(かみお ようこ)
経 歴: 京都大学医学部卒業。ロンドン大学精神医学研究所(児童青年精神医学)修了。京都大学医学部附属病院精神神経科助手、米コネティカット大学フルブライト客員研究員、九州大学大学院人間環境学研究院助教授を経て、現在は国立精神・神経センター精神保健研究所 児童・思春期精神保健部 部長。
専 門: 児童精神医学、発達認知神経科学
血液型: A型
星座: 水がめ座

神尾先生に3つの質問

(2010年明けて早々)この一年、どんな夢をお持ちですか?

実は2007年の1月に引いたおみくじで「3年間は悪い。冬だ」と出たんです。占いに詳しい友人に聞いたら、冬の時期には花は咲かないから地道に根を張りなさい、と。私の中でRISTEXの研究とぴったり重なりました(笑)。焦っても花も実もならないので、じっくり慎重に行こうと。
の冬の3年間が昨年で終わり、今年のおみくじは「願いは必ず叶う。ただ今ではない。人一倍勉学に励め」と出ました。すごくリアルなおみくじですが(笑)、一層地道に行きつつ、花をさかせたり収穫をしていこうと思っています。基礎になるデータは取れたので、もっと洗練された成果を出していきたいし、臨床の現場で役に立つ研修を行うといった社会に役立つ技術の実用化(実装)も行っていきたいです。

研究に行き詰ったときや、仕事の息抜きなど、気分転換には何をしていますか?

良き友人を持ち、いろいろな人と話をすること。研究に煮詰まったときは、美味しいものを食べたり飲んだりしながらいろいろな人と話すことで解決策が出てきます。

研究を行う上でのモットーや座右の銘があれば教えてください。

臨床医としてのベースを大切にしながら研究を行うこと、つまり一人ひとりをきちんと見ていくことでしょうか。
人ひとりの症例の積み重ねが研究につながると思いますし、逆に一人の人をじっくり見ることから定説を覆すこともできます。社会実装に最も近い臨床という場所にいた人間が研究をするという意味をきちんと考えてやっていこうと思っています。

取材を終えて

大変刺激的で、わくわくしたお話をたくさんいただき、話が弾みました。 明るいオフィスでいただいたのは「Hot Love」というハーブティ。情熱的な赤い色と甘酸っぱくてさわやかな味が、研究について語る時の真摯なまなざしや、夢を語る時のウキウキした表情の先生と重なり、たいへん美味しくいただきました
指導していただいた先生や、一緒に研究するスタッフ、そして周囲のご協力をいただける方、みんな良い方ばかりなのよ」とおっしゃっていましたが、きっと先生のお人柄によるものなのだろうな、と感じました。