No.6 患者本人や家族の方と「納得の共有」を創り出すための研究開発に挑む


RISTEXの研究開発領域内で活動された研究者や、RISTEXの支援している活動に参加されている研究者を突撃訪問!
論文からは見えない研究の背景や裏話はもちろん、「人」に鋭く迫ります!

行岡 哲男氏(東京医科大学 救急医学講座 主任教授 兼 東京医科大学病院 病院長)に突撃取材!

 今回は、「科学技術と人間」研究開発領域、研究開発プログラム「科学技術と社会の相互作用」から、行岡 哲男先生のご登場です。

 春の暖かい雨が降る中、新宿にある東京医科大学病院を突撃訪問! インタビューには、プロジェクトの中心メンバーである依田育士先生(独立行政法人産業技術総合研究所 主任研究員)も同席してくださり、和やかな雰囲気の中、楽しいお話を伺って来ました。

 たまたま今年度の新人研修医・看護師・事務職員の方々が医療研修の真っただ中。行岡先生のご案内で、初々しい医療関係者のタマゴのみなさんの様子も拝見してきました。

医療は完全分業では立ち行かない時代

行岡(不織布の医療作業着の着方の研修をしているグループを見て)この作業着の着方だけで経験年数がわかるんですよ(笑)。
 昨年までは、研修医と看護師、事務職員と職種別で研修を行っていたんですが、今年からは全員同じ研修を受けてもらうことにしました。院内で具合が悪くなった人に事務職員も対応できないといけないし、完全分業ではもう立ち行かない時代です。

医療は完全分業では立ち行かない時代

救急の現場のチームが生み出す力を解明し、一般化したい

――先生がこのプロジェクトを始めようと思ったきっかけはどのようなことでしょうか。

行岡 「ER」というアメリカのテレビドラマを見られたことありますか? 救命救急センターを舞台にしていますが、僕はあれを見て、「ずいぶんうるさいな」と思ったんです。
 実際の現場は、すごく静かなんですよ。搬送されてきた患者さんを何人もの医療関係者が取り囲んで治療しますが、ほとんど言葉を交わさず黙々と作業しているんです。たまに「血圧下がってます」とか「血尿出てます」とか言うくらい。その時情報共有すべきこと以外はほとんどしゃべらないのですが、治療がスムーズに進んでいるということが実感できます。
 サッカーで、球を持っている選手が後方の仲間にピッタリのパスを送ることがありますね。今のこの状況で、彼ならこういう風に動いてここにいるだろう、とわかるので、相手の位置を確認しないでもボールを渡せる。救急の現場でも同じです。話さなくても、見なくても、チームの動きがわかるのです。
 さらに面白いのは、この調和のとれたチームの中に新しい人が入ったり、見学者が来たりすると、そのリズムがいきなり乱れてすごくぎこちなくなるんです。それはつまりチーム全体で生み出す何かがあるということですが、この「チーム力」はどのようにして出来るのか。そしてチームに新しい人が入ってきた時にどうしてリズムが乱れるのかということを知りたいとずっと思っていました。この「チーム力」に関する実証的研究はほとんどなされていません。

行岡先生1

――「暗黙知」というか、チームそれぞれのノウハウでとどまってしまっているということでしょうか。

行岡 そうです。これを解明したいと思いましたし、誰にでもわかるように一般化するのが最終的なテーマです。サッカーで言えば、ある一定の状況で、FWはここにいて、MFはこの辺にいる、という決まりがありますね。救急の現場でも同じだと思うんです。限られた時間と場所の中で、医師、看護師、薬剤師、検査技師などいろいろなスタッフがワッと入ってやっているのに、やり方が一般化されていない。新人の研修医の動きがぎこちないということはもちろん僕にはわかりますが、プロだけにわかる特殊技能であってはダメなんです。一般化できれば、若い医師の研修などにすごく役立つはずですし、チームの熟練度を上げる効率の良いやり方というのもわかるはずです。

――スポーツの方が一般化という意味では進んでいるんですね。

行岡 医療ではこれまで「手術のうまい医師」など、個人の力がクローズアップされがちでした。でももう個人の力で治療ができる時代ではありません。例えば手術では、看護師さんが執刀医の先を読んで準備をしてくれなければスムーズに進まないんです。医師、麻酔医、薬剤師、看護師など、専門のさまざまなスタッフの力を合わせた「チーム医療」を行わないと目的を達することはできなくなっている。ですから、「チーム力」の一般化が重要になってくるわけです。


ER(救命救急センター)治療室で。

3次元の映像による行動分析と会話分析のマッチングから「チーム力」を解明

――今回の研究開発プロジェクトでは、依田先生の「ユビキタスステレオビジョン」による行動分析と会話分析の融合を進められていますね。

行岡 15年ほど前に社会学者の人たちと研究したとき、ベテランのチームは実は言葉以外のいろいろな手段(身振りや器材など)を使ったコミュニケーションをすごく豊かに取っていることがわかりました。さらに深く調べようとすると、チームのメンバーそれぞれが狭い治療室のどこに立っているのかということとの関連性がとても重要だと気づきました。
 ある「状況」があって言葉が発せられているわけなので、ポジショニングと言葉をきちんと融合して分析することによって、「チーム力」の解明ができるのではないかと考えましたが、ビデオで行うのは難しかった。ですから依田先生がずっと取り組まれてきた「ユビキタスステレオビジョン」を知った時、「これだ!」と思ってすぐ飛びついたんです(笑)。

スタッフのポジショニングと動線を把握できるユビキタスステレオビジョン

――ユビキタスステレオビジョン、というのはどのようなものなのでしょうか。また普通のビデオとはどう違うのでしょうか。

依田 ユビキタスステレオビジョンはCCDカメラを一カ所に2台使い、3次元に対象を捉えます。人間の眼と同じ、「複眼」です。人間の脳は、右眼と左眼が7センチほど離れていることによって生じるズレによって、見ているものとの距離を測っています。普通のビデオは2次元ですが、ユビキタスステレオビジョンは3次元でものを捉えるので、距離を測ることができるのです。


治療室に設置されているユビキタスステレオビジョンカメラ

 例えば人間とその人の影は一緒に動きますが、これは「人」でこれは「影」だ、という判別を機械にさせるのはとても難しいんです。それが3次元的にものを捉えることにより、精度を高くすることができます。
 この研究開発プロジェクトでは、治療室の四隅に各1台と、さらに4台を加えた計8台のカメラを置いています。この8台のカメラで全包囲できるので、スタッフが治療中どのようにポジショニングし、どう動いたかを知ることができます。また、見たい位置(視点)を自由に設定することができるのも大きなポイントです。

依田育士先生
共同研究者の依田育士先生(独立行政法人産業技術総合研究所 主任研究員)

行岡 視点を自由に動かせるというのはすごいことです。例えば、患者さんの真上、天井から俯瞰で見降ろしたスタッフの動線は軌跡になります。患者さんの家族が治療室の隅にいたとして、その位置から何がどう見えていたかもわかります。これはすごく魅力的です。
 分析についてはこれからという段階ですが、スタッフの動線だけを見て「これは看護師の動きだ」とか「このケースは心停止だ」とかわかると良いと思っています。

依田 今の段階できちんと分析できているわけではありませんが、心肺停止のときと薬物中毒の時のスタッフの動線の軌跡は全く違っていますね。

本当の「患者中心の医療」を目指して――患者や家族と「納得」を共有するために

――先生のプロジェクトでは、治療室での治療の様子を患者の家族に見せるための研究開発も行っていらっしゃいますね。

行岡 救急の場合、それまで全く元気だった人が事故に遭い、家族にいきなり電話がかかってきます。電話では「すぐ病院に来てください」としか言わないんですね。それで地方から何時間もかけて今まで一度も来たこともない病院にたどり着いたら、患者は亡くなってしまっていた、とします。
 家族はそれまでに何があったのか、どんな治療をされたのか知りたいと思うんです。ところが、医師が専門用語を駆使して行う言葉による説明以外の手段を、僕たちは今のところ持っていません。それで家族が本当に状況を受け入れられるか。救急の場合「突然」ですから、状況を納得できないと家族はいつまで経ってもそれに捉われてしまうことがあります。自分を責めたり、病院を責めたり、どんどん追い詰められていく・・・ということから抜けられないとすごく不幸です。
 そこで、この「ユビキタスステレオビジョン」を使い、治療室で行われていた治療の様子を家族に見せられるようにして(=「可視化」)、言葉による説明以外に、「状況を受け入れ、納得をしてもらえるための」手段として開発できないかと考えています。

――ユビキタスステレオビジョンで撮影した治療の様子をどのように家族に見せるのでしょうか。

行岡 まだ研究中です。血だらけの患者の様子を見せるのがいいとは思っていません。でも、救急隊に搬送されてきてからスタッフみんなが手を尽くし、出来る限りのことはしたのだ、ということ、また本当は助かる可能性もあったのに死を迎えたり、放置されていたりしたわけではないのだ、ということを伝えられるような可視化のシステムを作りたいと思っています。ここで注意したいのは、医療を施す側にとって都合のいい「言いくるめるための可視化」ではないということです。
 より良い可視化の検討のために、今、臓器提供された方のご家族を対象にインタビューを行っています。インタビューを受けられる方は研究の社会的な意義を理解して下さっているのですが、心の傷をもう一度開くことになるので、とても難しい。でもやらければ先に進めないので、敢えてやっています。

行岡先生2

家族も大きなチームの一員に含めて考える

――さきほど「チーム力」という言葉が出てきましたが、先生は患者の家族も大きなチームの一員だということをおっしゃっていらっしゃいますね。

行岡 はい。僕たちは、家族の方は大きなチーム医療の一員だという実感をずっと以前から持っています。手術してまだどうなるかわからない状態だけれども、とりあえず急変するということはなさそうなので、一回ご自宅に戻って体を休めてもらって、患者がもっと家族を必要とするときに傍にいられるように力を蓄えてもらう、など、患者の状態を良くするという共通の目的を達成するための大きなチームです。

――サッカーでいう「サポーター」のようなものでしょうか。

行岡 サポーターというよりは、関与者ですね。突然チームに入ってもらうわけですが、その入り方はもっと研究すべきだと思っています。例えば家族は、いきなり呼ばれて初めて来た病院で、トイレはどこかということすらわからない。建物の構造とか、動線とか、チームにスッと入ることができるような方法があるはずです。
 医療は医者と患者や家族が一緒に作っていくものであると思っていますが、救急の場合は患者の意識がないことも多いので、ご家族がより大きな役割を果たすことになるんですね。

「救急ホットライン」の会話分析からわかった驚くべき駆け引き

――ユビキタスステレオビジョンと同じように研究の核となっている会話分析について教えてください。

行岡 社会学の先生たちと一緒に救急現場における会話分析を行っています。その一環として「救急ホットライン」の会話分析を行い、とても面白いことがわかりました。
 一般の人が救急車を呼ぶと、消防庁の指令センターから病院に受け入れ要請があります。その電話でのやりとりの中に、実はものすごい駆け引きがあったんです(笑)。
 救命救急センターがあふれかえっていて要請を受けられる状態じゃなくても、医師法には応需義務というのがあって、実は簡単には断れないんです。こちらは「受けられない」とは言えないので、「あなたが配慮をして他のところに回してもらえませんか。でも最後にどうしてもというなら受けますよ」(=応需義務違反はしてませんよ)と言う。現場で責任を誰が取るか、責任のなすりあいというか、権限のキャッチボールをしていたことがわかりました。
 この会話分析を行った後に「東京ルール」ができ、まずは患者を受け入れ、処置している間に搬送先を探すというようなシステムに変わったんです。「東京ルール」ができる前と後のやり取りの変化の分析をこれからやりたいと思っています。システムが変わったことで現場の心理的負担は相当減ったはずですが、実証できるか。責任のなすりあいがなくなった結果、駆け引きが減ったとしたら、現場にとってはとても大きいです。何が本当に変わったのかが会話分析からわかるのではないかと期待しています。

――ユビキタスステレオビジョンと会話分析の融合は大変ですか?

依田 やはり難しいですね。相互行為に基づく会話と言うのは、お互いの立ち場を理解して発語がなされていて、人の動きとの関係、つまり立ち位置であるとか、右を向いているのか左を向いているのかによって意味が全然変わってきます。
 画像と音声を融合すれば人間的になるかというと、もちろんそんな単純ではなく、音声を理解できるという話と「関係」を理解できるというのは全く別の次元の話です。
 今回の研究は、救急救命センターの中に限定はされていますが、人間はどうやって考えてるの、とかどうやって見てるの、というところを取りだそうとしているので難しいです。人の知能を作るというようなことに近いわけで。それだけに、やりがいはありますね。

――医学、工学、文学と異分野の学問の融合ということについてはいかがですか?

依田 社会学の先生たちとは話さないとわからないところがたくさんあり、かなりコミュニケーションを取らないといけないので大変です。
 でも、会話分析をメインでやってくださっている社会学者の川島先生は、もともと医療を対象に研究をされていて、工学系の先生と一緒に研究をされたご経験もあり、医療、工学、両方の素養を持っています。彼女は僕のやりたいことをとてもよくわかってくれて、そういう意味では楽なのかもしれません。

RISTEXの研究開発について

――プロジェクトを始められて1年半が過ぎましたが、RISTEXの研究開発についてのご感想は?

行岡 医学部はあまり他の学部と連携しないんですね。工学系と組むことはありますが、文学部とは全然といっていいほどありません。でも、こういう問題を解決するためには人文学との連携は欠かせません。RISTEXは、社会の問題を解決するということを理念にして、分野融合型の研究を推進しているので、僕はこの研究開発プロジェクトは最適だと思っています。
 また、同じ「科学技術と人間」領域の他の研究開発プロジェクトの研究にもものすごくインスパイアされています。取り組んでいる研究のジャンルやテーマが全く違うように見えて、やっていることの本質は実は同じだったりするんです。



プロフィール

行岡先生3

氏 名: 行岡 哲男(ゆきおか てつお)
経 歴: 1951 年大阪生まれ。1976年東京医科大学卒業、1986年医学博士(大阪大学)。大阪大学医学部附属病院・特殊救急部、米軍陸軍・外科学研究所(実験外科部門)、杏林大学医学部救急医学を経て、2000年から東京医科大学 救急医学講座 主任教授。2009年より、東京医科大学病院 病院長(兼務)。東京医科大学日本救急医学会理事、日本熱傷学会理事、米国外傷外科学会名誉会員。国際熱傷学会副会長。救急専門医指導医、日本外科学会指導医。
血液型: B型
星 座: かに座

リラックスタイム

――行岡先生が救急医療をご専門にされたのは、どうしてですか?

行岡 僕は1976年に医学部を卒業したんですが、当時は救急学講座というのはなく、そんなの学問と言えるか、という雰囲気でした。救急部があったのも大阪大学と札幌医科大学の2つだけだったんですよ。
 僕は実家が整形外科で、交通事故に遭った人などの治療を身近に見ていましたが、頭と胸とお腹を同時に怪我したら何科で診るのか、どうしたらいいのか、ということに疑問を感じていました。いわゆる「多発外傷」というものですが、大阪大学の恩師の先生方が書かれた本に「多発外傷は、脳外科と胸部外科と腹部外科の医師が集まって治療しても治らない。パーツでそれぞれ治療してもだめで、総合的に治療をしなければ人間は治らない」と書かれていて、ものすごく興味を惹かれました。僕たちは医学部を卒業して救急を専門にしたほぼ最初の世代ではないかと思います。

――素朴な疑問なんですが、その頃、救急部がない病院で「多発外傷」の患者さんは何科で診ていたんですか?

行岡 と思うでしょう? 今から思えば「エーッ」というような話ですが、集まってきた医師の「格」で診る科が決まったりしていたんです(笑)。例えば脳外科から来た医師が講師で、胸部外科から来た医師が研修医で、腹部外科から来た医師が教授だったら、腹部外科がメインになる、というような(笑)。あとは声の大きい人が勝つとか。
 交通戦争と言われていた時代で、救急治療を必要とする患者さんはたくさんいましたが、大学病院は遅れていて、むしろ県立病院とか私立病院などの小さい病院が頑張っていたんです。

――研究がなかなか上手く進まないときにはどのように息抜きや気分転換、リラックスをされていますか?

行岡 僕は本を読むのが趣味なんです。特に、ずっと長い間、哲学・社会哲学の先生たちと読書会で本を読んでいるんです。今はカントを読んでいます。

――カントなど難しい哲学の本を読んではたして「息抜き」になるものでしょうか(笑)。

行岡 わからなくていいと思っているので(笑)。わかろうとするから苦しいんですよ。でも、カントの使っている言葉は難しいけど、実はすごく真理を突いていたりもします。息抜き、というか違う世界には行けますね。リフレッシュというか、自分を相対化できます。

――研究を行う上でのモットーや座右の銘があれば教えてください。

行岡 臨床医であり、実践の場としての救命救急センター(ER)に自分の拠って立つところがある、ということでしょうか。ERに軸足を置いて、もう片足を他の場所に広げたいと思っています。
 臨床医であるという立ち位置は大切です。学問と社会はつながっていないといけない、と思っています。哲学も社会が上手くいっている時には必要ないんですね。社会がハッピーじゃなくなり時代が変わるときには、根本に立ち返ってもう一度考え直さないといけない。医療に関してもそうです。医学は進歩しすぎてある意味神の領域に踏み込んでしまった部分がありますが、それについてまだ答えを出していません。
 オペラでウェーバーの「魔弾の射手」という作品があります。確実に標的を射抜くけれども、最後の一発は悪魔が決めた的に当たるという呪われた弾の話です。今の医療はそれに近いものがあります。どう対応するのかということを根本的に考えていかないといけないのではないかと思います。

――最後にこのWEBを見ていらっしゃる若手研究者へのメッセージをお願いします。

行岡 足元からしっかりと、と言いたいです。目の前に落ちている問題を解決するところから研究は始まります。一発当てよう、と思わないで、身近なものをもう少し良くする方法はないかを探すということです。身近なことを変えていくという気持ちがテーマを見つけ出し、モチベーションにもなります。
 僕の恩師にハーバード大学のウィルモア先生という方がいます。高カロリー輸液を開発した方ですが、外科の一番権威のある雑誌に「臨床医はなぜ研究しなければならないか。それは単純明快、良い医療を提供するためである」と書かれています。遺伝子治療の難しい研究と、鼻から入れた管をいつ抜くかという研究は同じように大事なんだと。臨床医が研究する意義はそこにあると思います。


取材を終えて

 大変お忙しい中、ようやく実現したインタビューでした。新人研修やERをご案内いただいたり、お話がはずんだりで、当初の予定を大幅に上回るお時間を割いていただき、恐縮しながらもとても楽しいお話をたくさん伺うことができました。
 患者や家族の「同意」なく医療行為を行うことが許される救命救急センターは、病院の中でも特殊な場所です。同意なく行われた医療行為の結果を、患者本人や家族に受け入れてもらうのはとても難しいことです。先生たち医療関係者の側も、手を尽くしたにも関わらず残念な結果に終わり、それをきちんと患者や家族に伝えるための手段がなく、忸怩たる思いを抱えて納得できないというケースも多々あるのではないでしょうか。
 スポーツのように「誰が勝者か」を決めるためではなく、学問のように「誰が正しいか」を競い合うのでもなく、医療関係者と患者・家族がお互いに納得するための方法を生み出す――敢えてこの問題に切り込む姿勢に、先生のお人柄と熱意を強く感じました。

TEXT:RISTEX広報 すもも
PHOTO:RISTEX「科学技術と人間」研究開発領域事務局 いちご