No.8 甦れ、干潟。豊かな生き物が棲む美しい里海を再生させる、大規模な社会実験。


RISTEXの研究開発領域内で活動された研究者や、RISTEXの支援している活動に参加されている研究者を突撃訪問!
論文からは見えない研究の背景や裏話はもちろん、「人」に鋭く迫ります!

国分 秀樹氏(三重県水産研究所 水圏環境研究課 研究員)に突撃取材!

 今回は、「研究開発成果実装支援プログラム」から、三重県・英虞湾の干潟再生に取り組む国分秀樹先生のご登場です。
 RISTEXの「研究開発成果実装支援プログラム」は、国などの公的研究開発資金によって実施された現実の社会問題を解決するための研究開発により創出された成果を活用・展開して、社会における具体的な問題を解決する取り組みを支援するプログラムです。
 実装の地として選ばれたのは、英虞湾・湾奥部にある2haほどの過去に干潟であった調整池、「石淵池」。今年4月、海と調整池を隔てる水門を開放、淡水化していた石淵池は約50年ぶりに海水で満たされました。わずか半年足らずの間に、海の生き物がたくさん戻ってきています。
 9月に地域の人々を招いて行われた干潟観察会に合わせて、三重県水産研究所に突撃しました。

三重県水産研究所
お話を伺った三重県水産研究所。隣も後ろも海です。

干潟の再生は、海を美しくすることにつながる

――国分先生のプロジェクトは、英虞湾の環境再生を目指していらっしゃいますね。英虞湾というと真珠が有名ですね。

国分 英虞湾は真珠養殖の発祥の地で、世界的に有名です。観光業も盛んで、英虞湾のある志摩市は全域が「伊勢志摩国立公園」の中にあります。
 ところが今、英虞湾は海底にヘドロが溜まり、毎年赤潮が発生しています。赤潮と連鎖して海水中の酸素が少なくなる「貧酸素化」が生じるという悪循環で、海の生物が生きにくい状態が起こっています。最近はヘテロカプサ赤潮という二枚貝への毒性が強い赤潮がたびたび発生し、真珠の母貝であるアコヤ貝を殺してしまうなど、真珠養殖業に深刻な打撃を与えています。

――来る途中に見せていただいた海は透明度が高いように思ったのですが、海底は汚れているんですね。

国分 生活排水など陸から流れ込む汚れの他に、真珠養殖で貝を掃除した時に出るゴミも海底を汚す大きな原因です。ただ、それだけではなく「自然の浄化能力の低下」も問題となっているということがわかってきました。


水産研究所の会議室で

――自然の浄化能力の低下とは、どのようなことですか?

国分 英虞湾はリアス式の複雑な海岸線のため、昔はたくさんの干潟がありました。ところが江戸時代後期より、食糧増産を理由に、干潟の約7割が干拓され農地になったのです。
 干潟は海と陸地の間にある砂と泥でできた場所で、潮の満ち引きによって海になったり陸地になったりしますが、汚れた水をろ過して海をきれいにする働きがあります。また干潟に多く住んでいる有機物を分解する微生物やエサをろ過しながら食べるアサリなどの貝も水をきれいにします。この干潟の大部分が失われたことで海が自らをきれいに保つ力が弱くなり、汚れが溜まるようになったということも大きいのです。

――干潟はとても大切な場所なんですね。

国分 干潟には陸からの栄養分が流れ込み、干潮時には酸素や光を浴びることができるのでたくさんの生き物が集まってきますし、水深が浅いので稚魚が育つのに安全な場所でもあります。干潟が「海のゆりかご」と呼ばれるのはそのためです。

――干拓地を干潟に戻す、ということは、農地を潰すということになるのでしょうか。

国分 実は、英虞湾で干拓された農地のうち、9割以上が耕作されていないのが現状です。時代が変わって、農業を続けている人が今は少なくなっています。休耕地は湿地になっている所も多く、地盤も弱く、実際に使われていないところが多いので、有効利用できないか、と考えました。

――干拓地を干潟に戻すことで環境を再生させると、どのような効果が期待されるのでしょうか。

国分 このプログラムでの活動の前に研究させていただいたJSTの地域結集型共同研究事業(2003年~2007年)の中で、英虞湾で消失した干潟を全て再生したときのシミュレーションを数値モデルを使って行いました。


英虞湾の干潟の現状。緑色の部分が現存する干潟で、赤い部分が失われた干潟。

 この赤色の部分(写真2参照)が昔干潟だった場所で、約185haです。この赤色の部分を全て干潟に戻すと、現存する84haの干潟と合わせ、現在の約3倍の269haの面積が干潟になります。そうするとまず海の生き物の量が増え、増えた生き物は赤潮の原因である植物プランクトンをエサとして食べるため、赤潮の発生が抑えられます。貧酸素化の主な原因は海底に溜まった植物プランクトンの死骸が分解される際に酸素を大量に使うことなので、植物プランクトンの数が減れば起きにくくなります。結果として海底がきれいになり、英虞湾の環境が良くなることで、今落ち込んでいる真珠養殖業などの水産業や観光業を元気にすることにもつながっていくはずです。

JSTの地域結集型共同研究事業の成果を、実装活動につなぐ

――今回の実装活動は、2haもある実際の干拓地に海水を戻し干潟を再生するという大規模な社会実験ですね。この活動につながるまでの経緯を教えてください。

国分 10年ほど前、英虞湾の水産業に深刻な影響が出てきて、真珠養殖業者さんたちが「自分たちの海を何とかしたい」と立ちあがったんです。その時干潟を人工的に作ろうという話になり、JSTの地域結集型共同研究事業につながりました。
 1haくらいの干潟を干拓地ではなく堤防で仕切られた外、つまり海側に作りましたが、英虞湾は深いので干潟にできる面積があまりないのと、陸からの栄養が堤防によって遮断されたままであるということが問題となりました。この経験から干潟は堤防の内側、つまり干拓地を含めて再生するのが良いとわかりました。
 そこで次のステップとして、堤防で遮断された干拓地に海側からポンプで水を入れて干潟に戻すという取り組みをしました。すごく小規模なところですが、自然に合わせて堤防の外(海側)で潮が満ちてきたら海水を入れる、潮が引いたら抜くということを行いました。ポンプを使うのでコストはかかりましたが、4年間実験を続けたところ、ほぼ3年で生き物がたくさん戻ってくるということがわかりました。科学的なデータも取れ、干潟を再生したらどうなるかある程度検証できました。

――JSTの地域結集型共同研究事業で積み上げられた研究成果を、RISTEXの「研究開発成果実装支援プログラム」で、実際に社会実装されているわけですね。

国分 はい。今回は実際の規模でやったらどうなるかということで、約2haのかつて干潟であった調整池に海水を戻して干潟を再生しています。干拓地と海を隔てる堤防の水門を開けることができたので、潮の満ち引きも自然です。

――干拓地には堤防があるのが一般的なのでしょうか。

国分 干拓するときは後背地を塩害から守るために、堤防を作って海水をブロックして農地を作るので、消失した干潟の前には必ず堤防があります。
 何もないところに干潟を造成するのはすごくコストがかかりますが、今回の取り組みは既に存在する堤防の水門を開けるだけ、というシンプルな方法なので、それほど大きな投資を必要としないというのが魅力の一つです。


実装地・石淵池。中央が海と干拓地を隔てる堤防の水門。


右に見えるのが水門(写真は海側)。陸からの栄養が流れ込むためサヨリが群がる。

堤防の水門開放へ向けて

――実装地は英虞湾・湾奥部の石淵池というところですが、この場所を選ばれたのはなぜですか?

国分 2haと広い割に周囲の住民の方々の合意が得られやすい場所だったということが一番の理由です。干拓地にはそれぞれ地権者がいますが、干潟に戻すと「海」になってしまうため、地権者の合意を得るのは難しいのです。

――干拓地を干潟に再生するという試みは全国でも例がないと聞きました。

国分 全国でも例は少ないと思います。
 干潟を再生していく上で大変なのは、沿岸域はいろいろな部局が関わるということです。まず、この志摩市は全域が国立公園なので、環境省。それから市町村と県。農地や堤防は県の農業関係の部局、堤防の前(海側)は建設関係の部局が管理しています。また英虞湾の内海で養殖している海苔などに影響が及ぶ可能性があるので、水産関係の部局も関わってきます。
 すべて全員が合意することは難しいです。

――本当に多岐にわたるんですね。行政のそれぞれの部局に対して別々に許可を取らなければならないのでしょうか。

国分 そうです。ただ、志摩市は、英虞湾の海からの恵みなくしては志摩市の振興はないということで、市長さんをはじめ、この事業に理解をしてくださり、協力してくださるので感謝しています。志摩市は2006年に5つの町が合併して生まれましたが、英虞湾全体を一つの行政が管理するようになったのは沿岸域の統合的管理といった面からみても大きいですね。


再生干潟の説明看板


堤防方面から見た石淵池

水門開放から半年たらずで、17種類の生物が戻った

――水門を開放するのに技術的な問題はありましたか?

国分 本当は1月くらいに開放するつもりでした。ところが試験的に開けてみたら予想以上に海水が入り込んできたんです。石淵池自体は使われていない調整池でしたが、奥の方に現在まだ農地として使われている場所があり、海水が及ぶ可能性がありました。そこで対策を施すために開放を遅らせました。

――水門を開放した時どのくらいの海水が入ってくるかというのは予測がつかないのでしょうか。

国分 今までは地盤の高さで予想していたのですが、色々な特徴を持った場所があるので、この先各地で実装していく時に問題が起きてしまう可能性があります。これからそれぞれのタイプ別にモデルを作っていこうと考えています。

――水門を開放してどのように変化がありましたか?

国分 水門を開放してから三ヶ月毎に調査を行っています。海の水を導入する前は、極めて状態の悪い淡水の池で、ユスリカのような生き物しかいませんでしたが、数週間で6種類くらい観察され、現在では17種類くらいの海の生き物が戻ってきています。自然の干潟では三十数種類くらい取れるので、半分ですが。

――まだ半年足らずですから、すごいことですよね。

国分 まず移動性の生き物が戻って来ます。最初に戻ってくるのは一ヶ月くらいで生まれ変わるようなライフサイクルの短いものが多いんですね。それからその生き物を食べる生き物が戻ってきて・・・という食物連鎖のピラミッドができて、安定するのにだいたい3年くらいかかります。


再生干潟で観察されたクラゲ

ボラの稚魚の群れの画像

ボラの稚魚の群れ

――ボラなどの稚魚やカニなども戻ってきているそうですね。稚魚はきれいな海水のところに住むようなイメージがあるのですが。

国分 魚は大きさによって住む場所が違います。小さい魚や稚魚は大きい魚が入って来られないような浅いところに棲むんです。もう少し大きい魚は海藻があって隠れる場所があるようなもう少し深いところにいます。さらに大きくなるともっと深いところに出て行く。上手く動いているんです。

干潟再生活動を普及・定着させていくための問題

――将来的な話になりますが、この活動をさらに広げて他の干拓地でも干潟を再生する時、どのようなことが問題となると思われますか。

国分 問題はいくつかあります。一つは先ほどもふれた所有権の問題です。一旦干拓してしまうと、その土地には地権者が存在し、ほとんどは個人か企業の所有となっています。干潟に戻すと「海」になってしまいます。
 また堤防は国の所有ですが、防災などの問題が絡んで来て複雑なんです。それで水門を開けるということがなかなか実現できませんでした。

――先ほどもおっしゃっていた行政の縦割りの問題も大きいですね。

国分 現状を批判するつもりはないのですが、時代が変わって放置され荒れ地となっている干拓地を頑なに守り続ける、というのは柔軟性に欠ける対応ではあると思います。
 ただ法律や制度は一度できてしまうとなかなか変えることができません。また干拓地全てが休耕地になっているわけではなく、まだ農業を営んでいる方もいらっしゃるので、その人たちに塩害などで迷惑をかけてはいけないんです。
 頭で考えるとどうしてこんな単純なことができないんだろう、と思うのですが、実際にやってみると行政の中でいろいろな管理者がそれぞれの名目でバラバラに管理をしているので、大変です。特に海は、川が流れ込んでいろいろな活動の末端で影響が出てくるところなので、海域だけでなく陸域も含めて総合的に考えて行かなければならないんです。最近良く言われている縦割りをなくすとか省庁連携する、横串を入れる、というのはとても大事な話だと思っています。
 ただ、この事業を始めて自治体のいろいろな部局の方と検討を重ねて行くうち、少しずつ理解をしてもらえるようになってきています。まだまだですが、一歩ずつは前進しています。

――その他の問題としてはどのようなことがありますか?

国分 「土地」であったものを「海」に戻すということは、「国土」を減らすということになるんですね。国土を減らすというのは前代未聞で難しいということです。

――確かに国土が「減る」というのは何となく損をしたような気持ちになりますね(笑)。

国分 国土の面積が数字上減っても、干潟再生により干潟の生産力(アサリや魚の収穫)は上がります。国土でなくなる土地が実際に有効に使われていないのであれば、現状とどちらが社会や環境にとって良いかというのを比べることが必要です。そういう議論も含めてやっていかなければならないと思います。

活動が全国に広がったとき、予想される効果

――遊休干拓地は英虞湾だけでなく全国にありますね。今回の実装活動が成功して干潟が再生され、この活動が全国に広がったら環境改善に大きな効果がありますね。

国分はい。英虞湾では農業用に干拓されたところがほとんどですが、全国的にみると工業用に埋め立てた土地もあります。企業誘致のために埋め立てたのに、様々な理由で放置されているような場所です。

――この活動が普及していけば、地球温暖化のCO2削減の数値目標にも貢献できますね?

国分 干潟や藻場がどれくらいカーボンオフセットに貢献できるのか、しっかり数値を算出したいと思っています。カーボンオフセットの効果を数値化できれば、将来、企業を誘致したりすることもできるかもしれませんね。

地域の組織や住民との協働について

――今回の実装活動に「英虞湾自然再生協議会」という組織が関わっていらっしゃいますが、どのような団体で、どのように協働されていらっしゃるのでしょうか。

国分JSTの地域結集型共同研究事業で活動しているうちに、行政だけでやっていてはダメで、いろいろなステークホルダー(活動に関わる利害関係者)の方に参加してもらわないといけないということになり、志摩市が立ち上げた組織です。
 中心は志摩市の環境部と産業振興部です。志摩市はこの協議会の他にも里海プロジェクトというのを立ち上げていて、関係13部局が横串で連携しながら英虞湾の環境の再生をしながら産業を振興していく活動をしています。
 僕たち三重県水産研究所は技術的なサポートとアドバイザー的な役割で参画しており、住民の方は現在39団体参加しています。

――明日、地域の方を招待して干潟観察会を開催されますね。

国分僕たちの三重県水産研究所と、環境省の国立公園ビジターセンター、志摩市の3者で共催するイベントです。お互いに得意な分野で協力し合ってやっています。最終的には再生協議会がノウハウを持ってずっと動かして行ってくれればいいなと思っています。


干潟観察会のスタッフ。環境省や志摩市の職員も。

多様なステークホルダーとの協働の秘訣

――RISTEXの社会技術研究開発事業は、研究者が研究室の外に出て、さまざまなステークホルダーの方と関わりながら、一緒に協働して成果を作り上げていくところが特徴的です。ただ、そのやり方には決まったものがなく、研究者の方それぞれが試行錯誤しながら進めているのが現状です。国分先生も多様な方々と関わられていますが、活動を上手く進めていくための秘訣を教えてください。

国分 一番大事にしていることは、「現場に行く」ということです。現場に行って色々な人と話し、一緒に汗を流して動かないとダメなんです。
 最初に干潟を造った時は冬で、夜中にしか潮が引かないので、深夜12時頃からみんなで冷たい海の中に入って何時間も一緒に土嚢を積んだりしましたね。
 一緒に研究をさせていただいた三重大学の前川先生や他の先生方も現場主義の方が多く、すごく鍛えられました。どうせやるんだったら一緒に行動し、一緒に汗を流す。そのうちに「何か相談があったらコイツに言えばいい」というような信頼関係ができてくると活動が上手くいくようになりますね。

――行政の方とはどのようにお話を進めて行かれましたか?

国分 僕も行政の人間なので、人脈を使いながら、とにかく足を運んで話をするということでしょうか。沿岸域を管轄する部局にはその部局なりの理由があることは理解していますし、真摯な態度で向き合えば話をきちんと聞いてくと思います。地道な積み重ねが大事です。
 実は、堤防を管轄するの部局の方から、シンポジウムで話をするように声をかけてもらったんです。とても嬉しいことですよね。先はまだまだ長いですが、少しずつでも僕たちの活動を理解してくれる人を増やしていけたらいいな、と思っています。

――将来的な話ですが、干拓地の地権者さんとの話し合いは難しそうですね。

国分 そうですね。一般論として「干潟は海をきれいにする」ということは良く言われるのですが、「環境」を前面に出して訴えても聞く人にとってはあまり説得力がなく、自分のこととして実感できないことが多いと思うんです。そこが難しい点です。
 干潟を再生させることで何か自分にとっていいことがある、利益になる、ということを直接的に実感できる仕組みがとても大切だということが今までの経験からわかってきました。言葉にしてしまうとさもしいようですが、やはり人に動いてもらうにはそういう仕組みが必要で、うまく作れればと思います。
 今考えているのは、アサリです。ポンプを使った干潟再生実験の中で、再生干潟と堤防の外の自然干潟にアサリを放流してみたところ、なんと再生干潟の方が生き残るアサリが多かったんです。干潟を再生すれば美味しいアサリがたくさん食べられるということになれば、地権者さんが関心を持ってくれるかもしれません。11月ごろ英虞湾で採れたアサリを地元の漁業者さんと一緒に再生干潟に放流しようと考えています。


アサリが海水をきれいにする働きがあることを説明。

生物多様性条約第10回締約国会議「COP10」でも注目!

――10月11日から29日まで、生物多様性条約第10回締約国会議「COP10」が名古屋で開催されますが、この活動はパートナー事業として認定されていますね。今回、JSTも「COP10」にブースを出展しますが、RISTEXの生物多様性への取り組みとして先生の活動を紹介させていただいています。

国分 志摩市のブースでも大きく紹介してもらえることになっています。水門を開けて半年で、すごくいいタイミングですよね(笑)。開催が目前に迫ってきて、現地視察のご希望をいただいたり、海外のメディアで紹介されることも増えました。Japan Timesや各国の大使館に置かれているJapan Journalという雑誌から取材を受けたり。NHKの海外版の衛星放送で取り上げてもらったりもしています。
 COP10の会議に参加するメンバーがパブリック・エクスカーションで志摩市にも来られるのですが、その際に話をさせてもらって、時間が許せば是非現場を見ていただければと思っています。

「宇宙」から「干潟」へ

――話を変えて、このご研究を始められた経緯について少しお伺いしたいと思うのですが、先生は大学で何をご専攻されていらっしゃったんですか?

国分 ・・・実は、「宇宙化学」なんです(笑)。火星の隕石が専門で、南極の隕石を分析するというような研究をしていました。
 火星に小惑星がぶつかると、衝撃で火星の石が宇宙に飛び出すのですが、その時一度溶けるので、大気を内側に閉じ込めるんです。地球に落ちてきた火星の隕石の成分を分析して、探索機のボイジャーが採取した火星の石の成分と比較したりしていました。・・・今やっていることと全然関係ないですね(笑)。

――「宇宙」転じて「干潟」とは驚きです! 脱線しますが、「これは火星の石だ」とどうやって見わけるのですか?

国分 普通の場所の石はわかりません(笑)。南極は地面が氷なので、落ちているのは隕石なんです。それで成分を分析するとどこから飛んできた石かわかるんです。

――三重県庁にご就職されたのはどうしてですか?

国分 宇宙化学の研究を続けようと思ったら就職先は数少なく、次に何をするか考えたら「環境」に関心があるということに気付きました。「環境」に関われて、化学の分析技術を活かせるところということで、自治体の研究所がいいかな、と。三重県出身なので、ふるさとに貢献したいと思い三重県に入庁したんです。

――入庁直後から英虞湾に関わっていらっしゃるんですか?

国分 そうです。僕は化学の専門職として採用されているんですが、実は僕の所属している水産研究所は他の職員は水産が専門の人ばかりです。最初は保健環境研究所に配属されたのですが、その頃県が縦割りだった研究組織を一つにしていこうという構想で「科学技術振興センター」というのを作り、分野横断ということで「水産に行け」と。それで帰れなくなってしまいました(笑)。

――水産研究所に来られてちょうど10年くらいですか?

国分 はい。ずっと干潟・藻場一筋です(笑)。上司など周囲の人にもとても恵まれ、やりたいことをやらせてもらえてとても感謝しています。

――入庁後に博士号を取られていらっしゃいますが、テーマは「宇宙」ではなく「干潟」なのでしょうか(笑)。

国分 JSTの地域結集事業で5年間密度の濃い研究をさせてもらいました。それで大阪市立大学で社会人大学院に行き、博士号を取りました。専門は「応用生態工学」です(笑)。

「木曽岬干拓地」を干潟にするのが夢

――先生がこれから先やってみたいと思われているご研究や夢について教えてください。

国分 当面の目標は英虞湾の干潟再生活動をどんどん広げて、海の環境がきれいになることで、真珠養殖や青海苔などの産業を元気にするということですね。産業が元気になる、というところまで是非たどり着きたいと思っています。
 英虞湾が元気になったら、今度は伊勢湾にも活動を広げたいです。伊勢湾は大きいですが、藻場は98%くらい失われていますし、干潟も半分くらい失われています。毎年赤潮が出て貧酸素状態になり、貝が死んでしまう状態も、英虞湾と同じです。
 伊勢湾に「木曽岬干拓地」という何百haもある広大な干拓地があります。放置されているので県が買い取ったのですが、今、その使い途についていろいろな案が出されています。そこを干潟に戻して親水公園のようにできたらいいな、と思っています。

――RISTEXの研究開発事業や実装活動についてのご感想は?

国分 「研究開発成果実装支援プログラム」というのがあることを知らなかった頃から、研究だけしてその成果を社会に広めていくことができないのは残念だと思っていました。普通の研究では、研究期間が終了するとなかなか先に進めないんです。やはり成果が社会に実装されるということはとても大切で、「研究開発成果実装支援プログラム」のような事業があることは大変良いと思います。
 RISTEXの研究開発成果実装支援プログラムでは、地域結集事業の時に行った研究や技術をどうやって地域に普及させていくかというところにウェイトがあり、観察会とか講演とかいった活動も多いですが、僕は両方やれることが面白いし、県の職員という立場だからやれるということもありがたいと思っています。



プロフィール

氏 名: 国分 秀樹(こくぶ ひでき)
経 歴: 三重県生まれ。筑波大学大学院理工学研究科修了後、三重県入庁。三重県科学技術振興センター研究員を経て、現在、三重県水産研究所 水圏環境研究課 研究員。2009年3月、工学博士。
「漁業者と産官学が一体となった英虞湾の環境再生の取組みと資源循環型の干潟・アマモ場の造成技術の開発」は2002年の土木学会環境賞を受賞。
専門 応用生態工学
血液型: A 型
星 座: おうし座

リラックスタイム

――子どもの頃はどのようなお子さんでしたか?

国分 実は小学校6年生から身長が変わっていないんです。幼稚園の頃は身長計より大きくて。小学校の修学旅行のときは、半ズボンだと怪しまれるので(笑)ジーンズで行かせてもらったんです。

――小さな頃から理科系に興味がありましたか?

国分 研究は好きでしたね。小学校の頃は歴史や考古学に興味があり、遺跡や化石が好きでした。中学の時、宇宙のことをよく話して下さる先生がいて、とても面白かったんです。それで宇宙に関心を持つようになり、ホーキング博士の本を読んだりするようになりました。生命と関わる有機物からアプローチする宇宙化学をやりたいと思い、筑波大学に行きました。

――研究者になるというのはいつごろ決心されたのですか?

国分 僕は自分ではバリバリの研究者であるとは思っていないので・・・。研究そのものよりも、自分の知ったものを社会に還元していくこと、社会に普及させていくことの方により関心があります。社会や人の役に立つ研究をしているということはやりがいとも強く結び付いています。
 実は教職や学芸員の資格も持っているんです。研究をメインにしながら、研究活動の一環として「科学教室」などを開いて子どもに教えることができたらいいな、と思っていました。今干潟の観察会をやっているのも、実は子どもたちに教えるということが好きだからかもしれませんね。

――研究がなかなか上手く進まないときにはどのように息抜きや気分転換、リラックスをされていますか?

国分 飲みに行くことですね。志摩市の職員さんとか漁業者さんとか、気の合う人たちと飲みにいきます。同じ気持ちを持つ人たちと飲んで話していると気分転換になりますし、新しい気づきがあります。お酒の席に限らず人と話すことはとても大切にしています。

――研究を行う上でのモットーや座右の銘はありますか?

国分 やりたいことは全てやってやる、という気持ちは持っていますね(笑)。自己実現したいという。たまに弱気になったとき、自分の中にいるもう一人の自分が「やらなくちゃいけない」と発破をかけるんです。
 もうひとつは、「どうせやるんだったら楽しくやる」ということですね。ルーチンの仕事もイヤイヤやらない、人とコミュニケーションしながら楽しんでやろうと思っています。


水産研究所の水槽で育てているコアマモの苗。人工的に潮の満ち引きを行っている。
研究により、コアマモの発芽率が大きくアップした。

――先生ご自身もとても若くていらっしゃるのですが、若手の研究者へのメッセージをお願いします。

国分 この研究所でも若い方から数えて4番目くらいですし、僕が教えて貰わなくちゃいけない立場ですが・・・(笑)。
 入ってきたばかりの人には、現場にどんどん行って、色々な人と話をした方がいい、と思います。研究室に閉じこもって一人で何かやっていても視野が狭くなって発展しないという感じがします。外に出て全く違う立場の人と話すと、自分が正しいと思っていた考えが覆されたりします。

――自治体の職員でいらっしゃるので、大学で研究をされている先生方より実学に近いところに立っていらっしゃると思うのですが、その視点からメッセージはありますか?

国分 「出口」を明確に意識しながら研究をしたらいいのではないかということですね。この研究が最終的にどのように社会や人の役に立っていくのか、そこまで視野に入れて研究をやっているかどうかということで、結果が全然違ってくると思います。
 このことは基礎研究であっても言えると思うんです。例えばコアマモの栽培研究で、発芽率が一番高い水深や成長が一番良い水深を調べるとき、これは造成技術としても役に立ちます。
 同じ研究をするのでも、考え方をちょっと変えるだけですごく現場に活かせるようになる。そういう視点を予め持って研究すると、進め方が変わってきます。実はやっていることは同じですが、全く変わる。意識の問題です。

――自治体に属していらっしゃる方ならではのご意見だと感じます。

国分 シンポジウムなどで「たくさんおカネもらって研究しとんのに、何してんねん!」と言われたことも何回もありますし。シンポジウムに来られて発言される方というのは厳しい方が多いんです。自分の生活と切実に関わる問題ですから。「干潟なんて悠長なことやっていないで、真珠の養殖に直接役に立つようなことをしてくれ」とか、ガーッと強い調子で言われるととても怖いですよ(笑)。最初のうちは何も言い返せなかったんですが、それは自分が本気になっていないということではないかと思ったりして、だんだんそういうことを意識して研究をするように変わってきました。途中で挫折することも多々ありますが(笑)。

――では今は言い返したりされるんですか(笑)?

国分 いや、そこまでまだできなくて(笑)。でも間違っていることは間違っている、ときちんと伝えないといけないとは思うようになりました。一度怒れ、と言われているんですが、なかなか怒れないですね(笑)。


取材を終えて

 インタビューさせていただいたのは2010年9月10日。翌11日には実装地・石淵池で、地域の住民を招待しての「干潟・アマモ場の生きもの観察会」が開催されました。
 残暑が厳しいなか、地元の小学生やそのご家族、また市や県の職員など40名ほどの方々が集まり、普段は静かな石淵池が賑わいました。


自然干潟での生き物採取

採取した生きものを調べて属性で分類している様子

採取した生きものを調べて属性で分類

 大潮の日でしたが、残念ながら石淵池が干上がるほどは潮が引かなかったため、堤防の外の自然干潟でスコップとバケツを持ち、潮干狩りよろしく生きものを採取しました。二枚貝、巻貝、サヨリやボラの稚魚などの魚。大きな重たい石をどけると、カニがものすごいスピードで逃げていきます。首から下げていたカメラのレンズをうっかり泥につけてしまうほど楽しく、仕事を忘れて熱中してしまいました。
 みんなで捕まえた自然干潟の生きものは30種類。一方、国分先生たちが事前に採取した石淵池の再生干潟の生きものは17種類でした。水門開放からわずか半年足らずですが、確実に海の生きものが戻ってきています。肉眼でもボラの稚魚の群れやクラゲなどを見つけることができました。


再生干潟にコアマモの苗を植える

 最後に子どもたちが再生干潟に入り、水産研究所で育てたコアマモの苗を、自分の名前を書いたプレートと共に植えました。彼らが次に石淵池を訪れるとき、育ったコアマモに魚が群がっているでしょうか。

関連リンク

三重県水産研究所
英虞湾自然再生協議会



TEXT & PHOTO<干潟観察会>:RISTEX 広報 すもも
PHOTO<国分先生>:RISTEX 研究開発成果実装支援プログラム担当 いちじく
(英虞湾の干潟の現状の写真は国分先生からご提供いただきました)

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