No.9 「在宅医療」の推進を通して、新たな地域づくりを目指す


RISTEXの研究開発領域内で活動された研究者や、RISTEXの支援している活動に参加されている研究者を突撃訪問!
論文からは見えない研究の背景や裏話はもちろん、「人」に鋭く迫ります!

太田 秀樹氏(医療法人アスムス 理事長)に突撃取材!

 今回は、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」から、在宅医療を推進するための地域診断標準ツールの開発に取り組む太田秀樹先生のご登場です。
 RISTEXの「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」は、平成22年度に新たに設置された、高齢社会の問題に取り組む研究開発領域です。平成22年6月に初めての提案募集を行い、4件の研究開発プロジェクトを採択しました。開業以来約20年間、栃木県小山市を中心に在宅医療一筋に取り組んで来られた医師、太田先生の研究開発プロジェクト「在宅医療を推進する地域診断標準ツールの開発」もそのひとつで、平成22年10月から研究開発をスタートしたばかりです。研究開始から3カ月が過ぎたばかりの太田先生を、栃木県小山駅前の「コミュニティー・ケア研究所」に突撃しました。

コミュニティー・ケア研究所
小山市にあるコミュニティー・ケア研究所

在宅診療一筋で20年

――栃木県小山市に開業されて今年(平成23年)4月で20年を迎えられるそうですね。栃木のご出身ですか?

太田 僕は実は、関西人なんです。生まれは奈良市です。日本大学の医学部に入って東京に来て卒業後、最初は麻酔科に入局したんですね。3年経験を積みましたが、麻酔科はあまり人とのコミュニケーションがないので、専門を変えようと(笑)。実は僕の父も医師で、整形外科が専門なんです。それで親父のあとを継いでもいいし、と思って自治医科大学の整形外科に入局しました。ここからです、栃木県との縁が出来たのは。今から30年くらい前ですが、もう全く異文化で (笑)。新幹線も開通しておらず、駅前にも何もなくて、淋しかったですね。
 大学院では電気生理学を専攻して、患者さんの身体から脊髄波を取るというような実験的研究をずっとやっていました。大学院を出てからも医局長や講師として大学に残っていて、開業医はつまらない、財前五郎で行こうと思っていたんですが(笑)、ある日突然、往診やろう、と思い立って。

――財前五郎から180度の転換ですね(笑)。

太田 病院で医局長をしていた時、ある身体障害者のグループが海外旅行に行くのに旅行会社から医師の付き添いを条件として出されて、僕のところに添乗依頼があったんです。医局の若いヤツを出そうと思ったらみんな行きたがらないので、結局僕がアメリカとカナダを回りました。
 一緒に行ってみて、驚きましたね。整形外科で脊椎損傷の方をたくさん診察してきたし、車椅子の処方もたくさんしてきたのに、それまで僕は病院の外で車椅子を押したことがなかったんです。病院はバリアフリーに出来ていますから、片手だって簡単に押せる。でも石畳だと車椅子の轍が溝に取られてしまって、上手に押せないんです。ホテルでは絨毯がフカフカすぎて前に進まない。なんということだろう、と思いました。この人たちはこんな不便なものに乗って毎日暮らしているのだと初めて実感したんです。

――知っているつもりでいたのに、当事者側からみると実は全く違っていたんですね。

太田 旅の仲間として一緒に生活し、医者と患者という関係を超えて本音で話したら、彼らが医者に対してすごい不信感を持っていることも知りました。風邪を引いて診療所に行ったら邪魔だから車椅子で来るなとか、脳性まひで上手く喋れないのになにを言っているかわからないから来るなと言われたり、それまでの人生の中で辛い体験をたくさん重ねていて、医療に対する信頼もなければ、医師に親しみを持つような体験もしていないんですね。それで、医師と患者が信頼関係を築けるような医療がしたいと思いました。
 ツアーから帰国した時ちょうど、雲仙普賢岳の火砕流で多くの方が亡くなったというニュースが大々的に流れていました。人生は何が起こるかわからない、よし、オレ、大学辞めよう、往診やろう、と。平成3年6月のことです。

――なぜ在宅診療をやろうと思われたのでしょうか。

太田 病気の人が動いて診療所に来るんじゃなくて、元気な医師が動いた方がいい、家で診察を受けることを望む人がいれば、オレが行って全部診るぞ、という気持ちでした。診療科目が細かく分かれている病院とは違って、専門的ではなく、総合的に診るんだと。
 教授からは「お前、狂ったのか」と言われましたし (笑)、ずっと研究をしていたので資金もありませんでした。当時はまだバブルの最後の時期だったので、銀行が何とか貸してくれて開業したんです。といっても、その後ずいぶん高い授業料を払うことになりましたが(笑)。

――儲かりませんでしたか?

太田 儲かるなんて、とんでもない(笑)。当時、往診というのはボランティアに近かったです。それに「往診して下さい」なんて患者もいませんでした。病気なら病院に行けばいいし、家で死なれるのは世間体も悪い、と。仕事がなかったので、友達の医師の診療所で麻酔や手術のアルバイトをしてしばらく生活していました。
 開業当初から訪問看護を基軸にして看護婦さんと二人三脚でやってきました。今度の4月(平成23年)で20年になりますが、実は僕のやっていることは当時と何一つ変わっていないんです。
 ただ、世の中が劇的に変わりました。社会全体の価値観が変わりましたね。平成12年に介護保険制度が出来たのも後押しになりました。医師だけでなく看護師・介護士などがチームを組んでサービスを提供するなど、介護保険制度の理念を具現化する医療を20年間やっていましたから。

――サービスを受ける側である住民の意識は、制度が出来る前と出来た後で変わりましたか?

太田 最近「妻を看取る日 国立がんセンター名誉総長の喪失と再生の記録」(垣添 忠生著・新潮社)というような本がベストセラーとなり、一般の人たちの間で読まれるようになってきました。住民の意識が一朝一夕に変わるわけではありませんが、経済が疲弊して高齢者を支える人たちがいなくなり、高齢社会が問題化している中、自分が老後をどう過ごすかということを個人レベルでもみんな真剣に考えるようになっていますよね。


「妻を看取る日 国立がんセンター名誉総長の喪失と再生の記録」(垣添 忠生著・新潮社)

――先生はここ小山市の他に、栃木県栃木市、茨城県結城市にも在宅診療の拠点となる診療所をお持ちですね。

太田 小山の診療所しかなかった時、栃木市の人が往診してほしいと言ってきました。エリアが違うのでお断りしたら、どうしても在宅医療を受けたいと小山市に引っ越して来られた。それで在宅医療を広域で展開する必要性を感じました。小山の診療所は「駅東通り」というところにありますが、小山市は東西に長いので、診療所から東の端の方まで行くと車で30分かかります。実は茨城県結城市からの方が近くて15分で行けるエリアがあります。また、地域に密着するということは、それぞれの地区の医師会に加入して、医師の連携も強くして地域医療活動を行う必要があります。
 経営上の効率は悪いのですが、介護保険の保険者は基礎自治体単位なので、行政と一緒にやっていかなければならないし、地域に密着するという意味ではそれぞれの自治体に診療所を持つ方がいろいろな意味で理想的なのです。それで今のように3つの自治体に3つ診療所を持つことになりました。

RISTEXの提案募集への応募、面接ではタジタジに

――今回、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究開発領域の初めての提案募集には、110件ものご応募をいただいたんです。高齢問題に対する社会の関心がとても高いんですね。今年度4件しか採択できず申し訳なかったのですが、その中の1件に選ばれ、実際に活動を開始されて、どんなお気持ちですか?

太田 結果を聞いた時はニンマリしました(笑)。ようし、じゃあやってやろう、と思いましたね。
 応募の時は採択されるなんて思ってもみませんでした。でも僕がこの20年間やってきた、365日、24時間のホームケアサービスというのはこれからの日本の社会にとって大事なことだとは思うんですね。僕はずっと研究から離れていて、いわゆる「研究者」でもないわけですが、きっと僕の社会的な活動を認めていただいて、やってみろ、と後押ししてくださったのではないかと思っています。

――提案募集に応募されたきっかけは?

太田 昨年(平成22年)、東京大学高齢社会総合研究機構が主催したスウェーデンとの国際会議で「日本のホームケアの現状」について発表したんです。その時にこの高齢社会の領域総括である秋山先生と知り合い、RISTEXで高齢社会をテーマとした研究開発領域が出来ることを知りました。
 その後領域立ち上げの過程で開催された会議に出席した時、アクションリサーチって面白いなと思ったんです。 その時は応募なんて全く考えていませんでしたが、そのうちRISTEXの領域の方向が「コミュニティ」に向いてきました。偶然ですが、僕にとって「コミュニティ」はずっと長い間大きなテーマだったので、思い切って応募しました。

――RISTEXの研究開発プロジェクトの代表者にはNPO法人代表など研究者でない方も何名かいらっしゃいますが、やはり大学の先生方が圧倒的です。選考の途中で不安を感じたりなさいませんでしたか?

太田 面接の時に僕がタジタジになったのを、一緒に仕事をしている訪問看護師が見て「太田先生でもああいう風になることがあるんですね」と言っていました。学生時代の口頭試問みたいでした。今年58歳になりますが、この年齢になってもこんな辱めを受けるんだな、と思いましたね(笑)。

――医師としてのお仕事も続けられている上に、研究という「2足のわらじ」を履くことは大変ではないですか?

太田 想像していた以上に厳しいです(笑)。戸惑いもあります。でも、僕はとにかくプラス思考なので、心配していても仕方ない、やるだけやろう、という気持ちです。
 大学を離れて開業してからの約20年間は研究と言えるようなことをしてきませんでしたが、自然科学的なロジックの組み立て方に関しては大学で叩き込まれましたから、その辺は実はあまり心配はしていません。
 RISTEXは論文の数ではなくて、いかに社会に役立つ成果を創ったかが大切だ、ということをはっきり言ってくれている組織なので、嬉しいですね。ずっと現場でやっていると、論文や学問としての科学、医学というものの限界を感じます。もう絶対に生きているはずのない人が生きている、ということがいっぱいありますから医療(医学ではない)は社会科学だと思うこともあります。

在宅医療の現場を見続けてきた医師として、研究開発に賭ける思い

――在宅医療の変化を現場でずっと見て来られて、今の介護保険制度や社会システムをどのようにお考えになりますか。

太田 国や自治体などの委員会などに呼ばれることも多いのですが、机の上でいろいろ議論しても現場では役に立たないことが多いんです。
 例えば高齢化率が上がる=高齢者が増える、と単純に考えられることが多いのですが、必ずしもそうではありません。大都市では高齢化率の上昇とともに高齢者数が増えますが、地方都市で高齢化率が上がるのは若い人がいなくなっているためで、高齢者人口はさほど増えないところもあるのです。その辺をよく理解して施策を立てる必要があると思います。
 また、都心のような人口密集地で往診するのと、僻地で広大な範囲を一人で何もかもカバーするのとでは全く違います。地域分権、地方分権であり、それぞれの暮らしの単位で地域の実情に応じて制度が活きるようなシステムづくりをしていかなくてはいけません。

――地域の特性に対応できる、現場で活かせる制度を、ということでしょうか。

太田 在宅医療の現場では医師、看護師、介護者などの専門職が仕事を分業しており、それぞれが有機的にシンクロナイズしないと実際には機能しないので、現在の制度上の課題の多さを肌で感じます。
 国の制度づくりに意見を言える立場にもいますが、改善した方がいいと思うことは本当にたくさんあります。ところが、改善には必ず科学的なエビデンスが必要です。経験論からは明らかにこうした方がいいというのがわかるのに、客観的証拠がないために変えることができないのがすごくもどかしい。それで今回の研究ではデータをきちんと取ってエビデンスを積み上げ、在宅医療を普及するために本当に役に立つ方策やツールを開発したいと思っています。

――具体的にはどのようなことを考えていらっしゃいますか。

太田 高齢社会の問題は大都市と地方都市で異なりますし、対象となる市町村の人口規模によっても異なります。
 現在、基礎自治体である市町村は全国に約1750あります。そのうち、人口が20万人以上の都市は100カ所程度なんですね。都市には若い人もいるし、お金持ちもいるので多様性があります。また地方都市よりもっと人口の少ない僻地や離島などでは、地域の介護福祉問題は心ある医師や元気な保健師が一人いるとコミュニティレベルで解決できることも多いんですね。
 一番深刻なのは、基礎自治体の中で一番数が多く、全国に600以上ある、人口5~10万人台規模の地方都市の介護問題です。若い人が流出し、労働力も乏しく、購買力も高くなく、経済的には元気がない。それほどお金持ちもいない。おそらくこういった共通の課題をもつと推測できるこの人口規模の地方都市に焦点を絞り、看取りまで支える在宅医療を推進させるにはどうしたらいいか、ということを考えて行きたいと思っています。

――先生の研究フィールドである、栃木市と結城市も人口5万~10万人の地方都市ですね。

太田 そうです。高齢化率も栃木市が約23%、結城市が22%とほぼ全国平均の水準です。
 僕の診療所で展開しているサービスはどちらの地域でも全く同じクオリティですが、栃木市と結城市では全く展開のスピードが違います。実際、栃木市の診療所の収入は結城市より全然多いんですよ。
 実は栃木市は、介護保険制度導入に先立って行われたモデル事業に手を挙げた自治体なんです。畳の上で死ぬことがとても珍しい時代から行政が主導して地域ケアを進めてきたので、今充実しているのだろうと思います。その一方で結城市は地域ケアの歴史がありません。24時間対応の訪問看護ステーションもない。依頼があれば訪問看護は小山市から行っています。やはり結城市にはあまり需要がないんです。
 栃木市が在宅医療や介護問題を上手く解決しているのはなぜか。経験からある程度は予測できるのですが、この研究開発プロジェクトでは、その理由を科学的に客観性をもって解明したいと思っています。


栃木市の風景

研究開発の目標、成果について

――研究開発の目標である「在宅医療推進地域診断標準ツール」について教えてください。

太田 自治体が自分の地域で在宅医療を進めるために、何が必要で何が問題なのか、要因を知ることができる診断ツールを作成すると同時に、適切な普及施策を例示し、施策を進めるための方法をマニュアル化します。マニュアルには、例えば協議会を設置する方法や住民への意識啓発イベントの開催の仕方など、在宅医療を推進するための具体的な手法を記載し、地域の特性に合わせて使えるようにします。
 この研究では診断ツールとマニュアルを併せて「在宅医療推進地域診断標準ツール」と呼んでいます。

――「在宅医療推進地域診断標準ツール」をどのように作成されるご予定でしょうか?

太田 まず在宅医療が普及しない要因を科学的に抽出します。今までの経験を基に診断ツールのパラメータについては仮説を作っていますが、それが正しいのか、修正が必要なのかを検証します。
 また、研究者だけでなく、行政・医療・看護・介護職などが参加する協議組織を設置し、地域住民を含めたステークホルダーらと広く認識を共有しながら在宅医療を推進していくための方法を開発していきたいと思います。

――このツールの使用者は自治体ですね。成果としてのツールを実装まで結び付けるのが難しそうですね。

太田 このツールを自治体が評価するには時間が必要だということを選考時にも指摘されました。一度作成しても、どんどん改良しなければ完成しないと思います。そこで、初年度(平成23年9月まで)に一度ツールを作ります。二年目(平成23年10月~24年9月)で実際に自治体を診断して検証します。栃木市と結城市でやって、どこが弱いか、どこを補強したらよいかを考えて改善していこうと考えています。

――研究開発プロジェクトを始められてまだやっと3カ月が過ぎたところですが、今年度(平成22年10月~平成23年9月)はどのようにご研究を進めていらっしゃいますか?

太田 すでに在宅医療に関して先進的な自治体である、京都府乙訓市、神奈川県横浜市、埼玉県和光市、岩手県遠野市、栃木市の5つの地域をフィールド調査しています。どの地域も介護保険制度が出来る前から地域でのケアを行っていた歴史があります。しっかりとした土壌の上に介護保険制度を牽引力にしてより充実させたという手法がみんな共通しているように感じます。今この調査結果から、診断ツールを作るためのパラメータを抽出する作業に取り掛かっています。

――その他どのようなことを調査していくご予定ですか?

太田 まず両市の住民の意識の差を調べようと思っています。それから、在宅医療を実際に望んでいる患者さんたちの追跡調査を行います。在宅医療を続ける中で発生する問題にどう対処し、解決したかを調べます。例えば肺炎になった時どうしたか。在宅で治療できたか、病院に入院したのか。病院に行ったとして一週間で帰って来られたか、二度と戻って来られなかったのか。
 在宅医療で患者さんを看取った家族にも、聞き取り調査をしようと考えています。在宅医療を行って家族の立場で何が不安だったか、困った時誰がどう助けてくれたか、看取りまでのさまざまな出来事を調査して比較すると、地域資源の差が浮き彫りになると思います。
 行政の意識の差や在宅介護支援センターの働きについても調べてみたいです。自治体によって質がバラバラなんです。家族や患者が困った時にセンターが助けてくれるか。栃木市にも結城市にも在宅介護支援センターがありますが、実際の対応はどうか、質的なものを知りたいので、活動の質をはかる指標も作っていければと思います。


栃木市「蔵の街観光館」

研究開発を進めるためのネットワークづくり

――RISTEXの社会技術研究開発事業は、研究者がさまざまなステークホルダーの方と関わり、協働して成果を作り上げていくところが特徴的です。太田先生の研究開発プロジェクトも行政の方や医師会、看護職、介護職の方々など幅広いステークホルダーのネットワークづくりをこの3カ月間行って来られたと伺いました。

太田 僕は20年前から「在宅医療推進は医者だけのマターじゃない」と感じていました。世の中に在宅医療の良さを知ってもらうためには、行政が変わらなくてはいけないし、社会全体が変わらなくてはいけない、と。それで、僕と同じように在宅医療に取り組む仲間たちと「 在宅ケアネットワークとちぎ」を立ち上げ、栃木の在宅ケアの底上げを願って市民運動をずっとやってきました。長年の活動や人脈が基盤としてあるので、今回ネットワークづくりにはとても役に立ちましたね。
 プロジェクトがRISTEXに採択されることが決まってからは、往診に行く時間の合間などに携帯でキーパーソンに電話をガンガンかけました。地域行政のトップとか、医師会の会長とか。こういったネットワークづくりには現場側とトップ側と重層で理解・認識が必要だと思うんです。トップは現場を知らないけど、風穴を開けると言う意味ではとても大事ですし、トップがやる気になってくれるととてもスムーズに行くんですよね。ここを動かすにはどこを攻めればいいか、ということには最近大変敏感になりました(笑)。

――結城市では今回ネットワークづくりを一から始められたと伺いました。

太田 研究を行うには行政の協力はもちろん、医師会の協力も欠かせません。両者をつなぐ組織が結城市にはなかったので、まず行政にも医師会にも関わりの深い保健所に相談に行きました。茨城県西を所管する保健所長は在宅医療への潮流を肌で感じておられ、それとなく相談したところ3つの市町村の地域包括支援センターと医師会と歯科医師会が参加する地域ケアについての研究会組織を発案してくれました。このように行政がフィクサーになって主導してくれると上手く行くんですね。
 結城市の地域包括支援センターがとても前向きに参加してくれて、センターを統括している福祉部から市長さんに話が上がり、来年度からは会議の予算が期待できる状況となっています。
 ネットワークづくりを始めてたった3ヶ月ですが、思った以上に手ごたえがあります。住民側が望むようになり、それに行政が反応して動けばさらに急激な変化がおこるかもしれない、と感じます。

 
結城市の風景

――今回研究開発プロジェクトに参加されるメンバーはどのような方ですか?

太田 結城市は、保健福祉部長に相談にでかけ、地域包括支援センターも社会福祉協議会も協力してくれることとなり、さっそく社会福祉協議会と共催で「在宅医療推進市民フォーラム」を開催することになりました。
 大学は佐野短期大学と自治医科大学、それから順天堂大学の協力をいただいています。佐野短期大学の山田教授は以前、栃木県の福祉部長をされていて、この地域の事情に詳しく、地域づくりに熱心に取り組まれているので、アドバイザー的な立場で関わっていただいています。
 民間では生活協同組合に参画してもらっています。僕は生活協同組合を、地域を支えて行くインフラとしてとても重要だと思っています。機動力がありますし、ガバナンスの視点からも組合なので経営の透明性が高く組織がわかりやすい。医療と介護が連携するのはやはり大変なことなので、きちんとした相手を選びたいのです。営利ばかりを追求するような企業はパートナーとしては適しません。その点、生活協同組合は営利企業ではありませんし、個人経営でもなく、信頼できます。栃木市ではすでに共同で事業をはじめて数年が経過しています。僕のやっている診療所と、訪問看護ステーションの「おりーぶ」と、生活協同組合(コープ福祉とちぎ)のデイケアなどの介護サービスが、入口はそれぞれ別ですが同じ屋根の下にまとまっているのです。僕が往診して、「おりーぶ」の看護師が訪問看護を行って、生協のデイケアサービスを受けている、という方もいらっしゃいます。
 スタッフとしては、東京大学大学院の学生の長島君が先進事例調査などを担当してくれています。また、以前僕のところで勤務してくれていた岩本さんが、このプロジェクトのために復職してくれました。彼女は管理栄養士・社会福祉士・ケアマネの資格を持っています。

――関与者との連携をするために大切にしていることはなんですか?

太田 理念を共有するために、一杯飲みに行くことですね(笑)。今回のプロジェクトでは、ステークホルダー達が幸いみんな同じ方向を向いているのでありがたいです。日本を何とかせにゃあかん、という人たちが集まってくれていますから。

――先生の研究開発プロジェクトやお仕事で関わられるスタッフの方は、女性が多いのではないかと思うのですが、女性との付き合い方はいかがですか?

太田 そうですね。8割くらい女性との付き合いですよね。毎日事件はありますけど(笑)、僕が入るとややこしくなるから出てくるなと言われているので、事務長に任せっきりです。事務長の赤木さんは元訪問看護師でケアマネも取得しています。うちが在宅診療を始めた20年まえからのスタッフです。仕事を一緒にして長いですから、僕の考えをすべて見通されている感があって、全部仕切ってやってもらっています。特に嬉しいのは、スタッフが当時からずっと変わらずにいてくれることです。なんだかんだ言って女性は連帯感があるな、と感じますね。

日本人の生き様を支える医療

――内閣府の調査では、「自宅で死にたい」と回答した人が55%もいるにも関わらず、現実には85%くらいの方が病院で亡くなっているということですね。この数字にはすごく乖離がありますね。

太田 家族に迷惑をかけちゃいけない、という気持ちが強いんですよね。下の世話を家族にさせるのは嫌、とか。
 デンマークに行った時に「日本では食べられなくなったときに何故チューブを入れてまで生かすのか?」と聞かれたことがあります。そういう医療にはお金がすごくかかり、本当に必要な医療ができなくなるだろう、と不思議がられて。確かに患者本人にとって苦痛なだけかもしれないですしね。
 欧米では認知症になって食べられなくなった時、チューブを入れてまで生きながらえさせることはしません。だから家族に日本のようには大きな介護負担がかからないんです。傍にいて手を握ってあげることであり、チューブを入れて長く生きさせることではない、とデンマーク人は考えています。
 日本は「生きていることに意味がある」と考え、「どういう風に生きたか」ということに対してはあまり意味を見出していないように思います。心臓が動いていて、呼吸していれば生きている、とするわけです。

――在宅医療を進めて行くためには患者だけではなく家族の意識を変えなくてはダメですね。

太田 今回この領域の別の研究開発プロジェクトの代表者を務められている辻哲夫さん(東京大学高齢社会総合研究機構 教授)とお話したとき、辻さんが「在宅医療は日本人の生き様を支える医療だ」と言ってくれました。
 政府が在宅医療を推進するのは財政的にその方が安いからだとマスコミに批判されることもありますが、そんなことは全然なく、在宅医療が進む方が実際はお金がかかります。病院で集団的処遇を行う方が効率いいですからね。財政論から生き様が左右される国だとしたら、あまりにも悲しいことですよね。
 「自宅で死にたい」と思う人が多いのは、病院では良い死に方ができないからです。過剰な医療介入がない死に方=「自然死」を是非一度知って欲しいと思います。眠るように亡くなるんですよ。在宅医療は家族の介護が大変と思うのは、過剰な医療で「無理やり」生かしておくからです。終末期医療のありかたを変えない限り、介護は大変だしやっかいだし恐ろしいという意識は変わりませんよね。


太田先生ご推薦の書籍『「平穏死」のすすめ』(石飛 幸三著・講談社)

――海外の在宅医療先進国と比べて、日本はすごく遅れているのでしょうか。

太田 在宅医療のスキームが異なり、さらに医療提供システムが違いますから、単純な国際間比較はとても難しいのですが、病院で死ぬ人の数が日本は圧倒的に多い、ということはハッキリ言えます。
 海外は、在宅医療の定義がそもそも違うんです。ホームケアの歴史が100年あるデンマークでは在宅医療と言ったらナーシングです。考え方が合理的で、治せない病気の場合はその病気とともにどう生きるか、という生活の構築こそが大事であって、医者が全面に出て行く必要がない。「cure(キュア=治癒)」でなく「care(ケア)」が大事なので、医者ではなく看護師が主体的に担当するんです。医者は手術など、医師にしかできないことをやっています。
 アメリカもデンマークに近いですね。薬を処方するなどの一定の医療行為が許されているナース・プラクティショナーと言う上級の看護職がホームケアを担っていることが多いです。また、病院とホームドクターとの連携がすごく進んでいます。病院で手術をして数日で退院させ、その後は地域のホームドクターがしっかり診るという仕組みが出来ている州もあります。日本ではあり得ないですよね。

――外国では自宅で亡くなる方の割合はどのくらいですか?

太田 日本は85%の方が病院で亡くなりますが、オランダなどでは30~40%くらいでしょうね。自宅(ナーシングホームなども含む)で死ぬのが普通だという風土というか、メンタリティが脈々と残されています。
 欧米では寿命で死に向う人の命を少しでも長く「保たせる」ことにどれほどの意味があるのかと合理的に考えるのに対して、日本は1分1秒命を長くすることに医療の意義があると考える歴史があり、これほどまで精神性に差を生じせしめた理由がどこにあるのか、深い関心を持っています。

――「死に方」=終末期医療に関する日本人の意識を変えていくのはすごく大変なことのように感じます。

太田 全ての日本人の意識を変えるというのは難しいでしょうね。でも別に全員が変わらなくたっていい。横並び意識もだんだん少なくなってきているように感じますし、問題意識の高い人が牽引役となって都市部から変わってきているように思います。
 だからこそ、都市部ではなく地方都市が大事なのだと考えています。田舎に住んでいる人のものの考え方は都市部とは違います。薬の副作用について細かく質問するような人は少ないですし、「先生を信頼しているから任せるよ」とインフォームドコンセントをあまり重視しない風潮も残ります。新聞は病院のベッドが足りないと言いますが、それは大都市だけの話で、地方ではゆとりがあります。病院が経営のために老人を入院させたまま病院に抱え込んでいる、ということもあるんです。

――経営のためにお年寄りが病院に住んでいる、ということがあるんですね。

太田 ですから、一度病院に運ばれてしまうとなかなか退院させてもらえず、結局病院で死を迎える、ということもあるわけです。慢性期の患者を社会的入院させていても、金銭面で大した負担がかからない今の医療制度にも問題があります。
 でも、病院の機能や役割を見直さずに昔のままの経営をしていると今後は立ち行かなくなると思います。これからはコミュニティレベルで医療を完結させなければなりません。たとえば、急性心筋梗塞は循環器の専門病院にヘリコプターで運んでも専門医療を受けるのが理想的ですが、誤嚥性肺炎のように特殊な医療機器を必要としない疾病は地域の一般的な医療施設で治せばいいんです。在宅の高齢者の救急患者のトリアージ(重症度や緊急性による選別)をきちんとして、急性期と慢性期で病院の役割をきちんと分担すれば、コミュニティレベルでの医療はもっと進むはずです。

夢は「在宅医療を通して地域を創る」こと

――先生のPJがRISTEXに採択されたことで、医師会の中で驚きがあったと伺いました。

太田 僕のやってきたことは「医学」という学問ではなく、現場で行う「医療」です。この現場の医療を対象とした研究が採択されたということに素直な驚きがあったかもしれませんね。お前医者だろう、何がやりたいんだ、コミュニティって何なんだってね(笑)。
 介護保険が始まり、治せない病気を診て、患者さんにとってより良い生き方・死に方を考えたり、生活をケアする、生活に寄り添う、終末期を支えるという医療が必要になってきました。この時代の変化に医者たちがついていけていないのかもしれません。死=医学の敗北であり、医師の仕事は病気を治すことだ、としか考えていない人がまだまだ多いんです。
 「病気を治す」という場面では医者は全てを取り仕切れるかもしれませんが救命できない病態となった、たとえば、終末期医療では発想や立場を変えなくてはいけません。

 シニカルな話ですが、夏の暑い盛り、あるお年寄りが脱水になりました。訪問看護師が点滴をしたいと思い、主治医に相談したら「必要ない」と。指示がないと点滴はできません。そこで訪問看護師はどうしたか。ケアマネと結託してそのお年寄りをショートステイに預けることにしたんです。ステイ先の施設で点滴を打ってもらって、そのお年寄りはすっかり元気になって帰って来た。そしたら主治医は「ほら、点滴なんか必要なかっただろ」と言ったという(笑)。
 つまり介護保険制度では医師が全体を仕切ることはできず、時に蚊帳の外になることもありうるのです。極端に言えば利用者を中心として、サービスが組み込まれる介護保険制度において、医療は福祉タクシーなどと同じでケアマネが選ぶさまざまなケアサービスのうちの一つなんです。全体のコーディネーターは医師ではなく、ケアマネです。そういうことに今の医師たちは慣れていないんですよね。

――地域「が」ケアをするのか、地域「で」ケアをするのか

太田 コミュニティケアという言葉があります。日本語で言うと地域医療とか地域福祉ですが、定義が難しい。東大名誉教授で介護保険制度の生みの親である大森 彌さんは地域「を」ケアするんだとおっしゃっています。でも、多くの医師は地域「で」ケアをすると思っています。
 地域「で」ケアをする、と捉えると、地域というのは医療を提供する「場所」という意味に過ぎなくなるので、なかなかコミュニティケアの本質が見えてこないんだと思います。
 僕は地域「が」主体となってケアをすることだと思います。コミュニティ自身がケアをして、コミュニティを作っていく一つの要素であって、最終的にコミュニティを良くしていくんだというイメージです。地域で開業していても、現場に行かないとなかなか見えてこないことですね。

――先生の熱い思いが伝わってくるお話ですが、在宅医療に関する先生の夢はなんですか?

太田 「在宅医療を進めていくと地域が変わるから、この仕事は地域づくりだと思う」と言ったことがあるのですが、今の夢は「地域づくり」をすることです。
 在宅医療が進むと、人と人との絆が深まります。赤ん坊の誕生と、老人の死というのは最も命の重みを感じる時なんですよね。どちらも当たり前のことなのに、いつからか病院で行われるようになって、生活の場から消えてしまいました。それを生活の場に取り戻すことによって、命を繋ぐ場面を共有することで、人の結びつきがさらに強くなるだろうと思います。
 死んだ人に触ると冷たいですが、死んだ瞬間から冷たいわけではありません。死んだ人が冷たくなっていく意味を今は誰も教えていません。そういうことは、家庭でしか学ぶことができません。バーチャルな世界で死を語るのではなく、もっとリアリティーのある死の体験をすることで、日本人が変わっていくだろうという気がしています。
 家で死ぬことができるというのはとても幸せなことだと思います。自分が死ぬ時に誰かが傍にいて手を握っていてくれるというのは何よりも大事なことですが、その「当たり前」なことをここ数十年間、ないがしろにしてきてしまったんですよね。



プロフィール

氏 名: 太田 秀樹(おおた ひでき)
経 歴: 医師・介護支援専門員。 日本大学医学部卒業。自治医科大学大学院修了(医学博士)。 自治医科大学専任講師、自治医科大学整形外科医局長を経て、1992年在宅医療を旗印に、おやま城北クリニックを開業。現在、在宅療養支援診療所4ヶ所、訪問看護ステーション、老人保健施設等を運営する医療法人アスムス理事長。 NPO法人在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク事務局長、日本在宅医学会幹事、全国知事会頭脳センターセンター委員、明治大学法学部非常勤講師等。 在宅医療、在宅ケアに関する著書・論文多数。羽田澄子監督ドキュメンタリー映画「終わりよければすべてよし」に出演。
血液型: A型
星座: ふたご座

リラックスタイム

――研究開発プロジェクトが始まってまだ3カ月ではありますが、スタートダッシュで激動の時期だったのではないでしょうか。気分転換や息抜きはどのようにしてされていらっしゃいますか?

太田 昔はすごく趣味が多かったんです。冬はスキー、夏はダイビングであちこち行っていましたし、ジャズバンドを組んでコントラバスを弾いていたこともありました。それがどういうわけだか、今は仕事しかしていないんです(笑)。よくもまぁこんなにメリハリつけずに仕事ばかりしているなぁ、と。取り憑かれたように仕事していますね。良くないよね(笑)。

アスムスの赤木芳枝事務長 ストレスはあまりないと思いますね。先生は動いていないと死んじゃう、回遊魚みたいなものですから。止まるとだめなんですよ。


アスムス事務長の赤木さんと

太田 逆に暇だとストレスになっちゃうんです。厚生労働省の仕事をして、国立長寿医療研究センターの仕事をして、診療をして、RISTEXの研究をやって、まちづくりや市民活動をやって・・・考えると結構楽しんでますね。一つ一つの仕事をイヤイヤやらずに、楽しむようにはしていますね。仕事の後はみんなで飲みに行くとか、地方に講演に行ったら温泉宿でのんびり、とかね。
 この研究所も研究スタートと同時に開設しましたが、RISTEXからの研究費ではとても維持できません (笑)。でも、リゾートマンション買うのとどっちがいいかな、と考えたら、研究所作るのもいいかなぁ、と思って、買っちゃったんです。そういう考え方というか、価値観でやっています。
 研究は3年で終わっちゃうのにどうするんですか、って言われることもあるけど、そしたらJazz Barにしたっていいんだし、趣味の店にしてもいい(笑)。その時その時で完全燃焼しておいた方がいいかな、と思ってやっています。

――在宅医療を展開されていると、24時間気が抜けないのではないですか?

太田 僕のところは医師が5人いるので、夜間は当番制を取っています。だから常に気が抜けないというわけではないです。週一回、僕の当番の日があって、その日だけは飲みませんが、ちょうど休肝日になりますしね(笑)。
 でも、正直なところ、夜間はほとんど何もないです。死亡診断するくらいかな。訪問診療で昼間きちんとした管理ができていれば夜は大変ではないんですよ。
 在宅医療を希望する患者さんは、高度な医療を受けたいとか、カリスマ医師に手術してもらいたいとか思っていません。「じいちゃんは太田先生のことが好きだったから、先生に最期診てもらうのが幸せなんだよ」という人たちが多いような気がします。

――研究を行う上でのモットーや座右の銘はありますか?

太田 「意志あるところに道は通ず」ということでしょうか。僕はポジティブシンキングの塊なので。そりゃ、僕にだって辛い過去はいっぱいありますよ(笑)。でも後向きな話をしていても仕方ないし、先に向かって走ろうと。ずっと前を向いてやってきましたが、やろうと思えば結構道は拓けるものです。このプロジェクトだって、僕が「在宅医療を通してコミュニティを創りたい」と思っていたら、RISTEXがたまたま高齢社会をコミュニティで創るという提案を募集していて、採択されたんですから。

――RISTEXではほとんどの研究開発領域で、一年に一度、関係者(領域総括、アドバイザー、プロジェクトメンバーなど)が集まって一泊二日の勉強会(「領域合宿」と呼んでいます)を行っています。高齢領域も11月に第一回の合宿を行いましたが、ご感想をお聞かせください。

太田 みんな良く酒飲むなぁ、と思いました(笑)。楽しかったですよ。
 合宿はものすごくいいことだと思います。ステークホルダー達が本音で話ができるようになるのは、最初はテーマについてではなく、人柄が伝わるような他愛もない話から仲良くなっていくんだと思うんですね。
 合宿には普段簡単にはお話ができないようなすごいメンバーが集まっていましたが、何気なく話が出来て、より親しみがわきました。みんな同じ方向を向いている人たちなので、そこに一つのコミュニティが出来ますよね。

――この記事を読まれている方へのメッセージをお願いします。

太田 高齢社会は、自分たちがこれから必ず向かう先なんだよ、ということですね。
 今、高齢社会のために何かをするということは、結局、自分たちのために何かをするということなんです。自分の問題であり、自分の親の問題でもありますよね。だからこそ、ちゃんとやりましょうよ、真剣に考えましょうよ、と言いたいですね。
 介護は「人としてのたしなみ」だと思うんです。介護が必要になった親を困って病院に入れてしまう人は、自分もそうなる。じいちゃんを在宅介護して、家で死ぬところを子どもに見せた人は、きっと自分も家で看取ってもらえるのではないでしょうか。在宅医療を経験した人たちは、在宅医療がスンナリ受け入れられるものです。人に愛情を持っていれば、人の死は怖くないし、いわんや不浄のものではないんですよ。


太田先生が編集に協力されている「在宅医療―午後から地域へ―」(日本医師会発行)


取材を終えて

 ユーモアを感じさせる、ソフトな語り口。時にきわどいお話もあり、よく笑いながらのインタビューとなりました。自然と人を和やかにさせる雰囲気をお持ちですが、地域の在宅医療を現場で20年間にわたり支えて来られた医師ならではのお話には重厚で深みがあり、いろいろと考えさせられました。
 長年暮らした自宅で、好きなことをしながら、畳の上で死を迎えたい――そう望む人が多いにもかかわらず、病院でたくさん管をつけられながら死ぬことが今は当たり前です。今後、高齢化がどんどん進む中、在宅医療の推進は必要不可欠です。本人もその家族も「良かった」と思えるような自宅での療養や最期が実現できる地域や社会になること、太田先生の研究開発が成果として結実し、社会実装される日を楽しみにしたいと思います。
 なお、平成23年2月27日、結城市で市民フォーラム「家で老いて家で逝くには」が開催されます。先生が出演されている映画「終わりよければ全てよし」の上映と太田先生がパネリストとして登壇されるパネルディスカッションです。
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また、「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究開発領域が平成23年3月24日 第一回シンポジウムを開催します。太田先生もパネリストとして登壇されます
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関連リンク

   「在宅医療を推進する地域診断標準ツールの開発」WEBサイト
   RISTEX「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」WEBサイト
   医療法人アスムスWEBサイト
   在宅ケアネットワークとちぎ
   蔵の街コミュニティーケア研究会



TEXT :RISTEX広報 すもも
PHOTO:RISTEX 「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域担当 りんご
(コミュニティ・ケアー研究所、栃木市、結城市の写真は太田先生からご提供いただきました)