コラム「 5万円の援助が感謝される世界」

「 5万円の援助が感謝される世界」

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「犯罪からの子どもの安全」領域総括
東京電機大学 教授 片山 恒雄

このごろ、私は自分の専門は何かと考えてしまうことがある。

57歳で大学を辞めるまでは、「土木工学、地震防災」と迷わずにいえた。1995年兵庫県南部地震の被害を見て、自分がやってきたことに限界を覚え、つくば市にある国立の研究所に移ってからの10年近くは、管理の仕事ばかりしていた。昨年から、ふたたび大学の片隅に身をおいている。「安全・安心・都市システム特論」という大仰なタイトルの授業をしたが、10年ぶりのことで、とても緊張した。

つくばで所長・理事長を務めた間も、世界地震安全推進機構(WSSI=World Seismic Safety Initiative)の仕事だけは続けていた。WSSIは、非営利会社としてシンガポールに登録してあり、わが国でいえばNPOのような機構だ。

国連が1990年代を「国際防災の10年」と決めたとき、地震防災に関わる人間として何か貢献できないかと考えてスタートさせた。15人の理事が中心となって、金はかからないが価値があると思う活動を続けている。たとえば、ハイレベルミーティング(HLM)の開催である。多くの途上国で地震防災が政策課題にならないのは、ディシジョンメーカーがその重要性を理解していないからだ。そこで、ある国がHLMを開いてほしいといってくると、その国で会うべきディシジョンメーカーとの段取りをしてもらい、WSSIの理事4、5人が自費でその国へ赴いて、地震防災の大切さを説明する。

これまで、アジアを中心に10ほどの国々で、HLMを開催した。程度の差こそあれ、HLM がこれらの国々の地震防災の底上げに果たした役割は小さくないと自負している。特に、ネパール、ミャンマー、ウガンダでは、目に見える効果があった。それまで、まったく地震のことなど考えていなかったネパールは、今では地震防災にもっとも熱心な国の一つになった。ウガンダのHLM には、大統領が出席した。

しかし、どこでも初めからうまくいったわけではない。一度目、やや押しかけ気味にミャンマーに行ったときは、どの機関からも相手にされなかった。だが、帰国の日の朝、若いエンジニアがホテルに来て、「この次は違う」といってくれた。別れしなにもらったブッダの置物は、神棚のとなりに飾ってある。実際、数年後に、今度はミャンマーの側からHLMを開いてほしいといってきた。残念ながら、あの若いエンジニアは亡くなっていた。

「いったい、いつから、そんな分野に頭を突っ込んだの」と、誰もが聞く。
だが、多少強引に理由をつけるのなら、私は今までも弱いものの目でものを見ようとしてきた。

10年以上もWSSIの活動を続けてきて、最大の問題は運営資金のことだ。年1回シンガポールで開く理事会やHLM出席の交通賃、そして現地でのホテル代も、原則的に理事の自己負担だが、それでも、1年に200万円程度の運営資金が必要だ。会計監査を頼んでいる会社に払う費用もある。インドで大きな地震が起きたときには、被害調査を実施した。先進国が送る研究者チームと違って、WSSIのチームは周辺諸国のいろいろな分野の人たちを中心とし、自分たちのお金では調査など考えられない人たちに災害の現場を見てもらった。

この春から、図らずも、社会技術研究開発センターの研究領域「犯罪からの子どもの安全」の責任者となった。「いったい、いつから、そんな分野に頭を突っ込んだの」と、誰もが聞く。だが、多少強引に理屈をつけるなら、私は今までも弱いものの目でものを見ようとしてきた。今度の研究領域も、弱いものが対象だ。あまり抵抗なく責任者を引き受けた理由が、自分でもわかるように思う。

ただ、WSSIとの最大の違いは、お金である。WSSIは、その小さな運営資金の中から、途上国で開催される国際的な集会にも援助してきた。そういった集会の中には、500ドル(5万円)の援助でさえ、本当に感謝されることがある。50万円の援助を決めるとなると、一大決心が必要だ。新領域の研究は、このことを頭の片隅にとどめて進めていただきたい。

(2007年8月14日)